• 大杉漣記念館
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大杉 漣

OHSUGI REN

本名、大杉孝。1951年9月27日、徳島県小松島市にて四人兄弟の末っ子として生まれる。
幼い頃は力道山とブラッシーの戦いに興奮し、兄たちと実家近くの勝浦川で泳ぐ活発な少年だった。その後サッカーと出会って杉山・釜本の黄金コンビの活躍に夢中となり、高三のときには優秀選手として徳島県のサッカー協会から表彰される。
大学中退後、劇作家・太田省吾氏の「役者の背中」という文章に出会い、74年転形劇場に入団。「老花夜想(ノクターン)」で初舞台を踏み、以後15年間解散まで在籍。観客が見ようとしないと見えないもの、聞こうとしないと聞こえないもの、それらを舞台上で役者が体現するため独特のメソッドを基本に台詞のあった芝居から沈黙劇まで国内外で高く評価された。77年矢来能楽堂において上演した「小町風伝」で太田省吾氏が岸田國士戯曲賞受賞。日本を拠点としつつ、ヨーロッパ・オーストラリア・北米・韓国などで上演された「水の駅」は全編沈黙による芝居。
80年、高橋伴明監督のピンク映画『緊縛いけにえ』で映画デビュー。以後、転形劇場に在籍しながら8年間並行して映像作品に出演。井筒和幸監督の『ガキ帝国』(81)から一般作にも顔を出すが、ピンクリボン賞主演男優賞を受賞した滝田洋二郎監督作『連続暴姦』(83)、周防正之監督『変態家族 兄貴の嫁さん』(84)をはじめ、80年代の映像出演作はピンク映画が中心だった。
88年に転形劇場解散。その後も舞台、映画、テレビの出演を続ける中、北野武監督作『ソナチネ』(93)のオーディションに合格。撮影中に端役からメインキャストへ異例の抜擢となって俄然注目を浴び、折りからのオリジナル・ビデオ勃興の時期と重なったこともあり、出演作が激増。『ポストマンブルース』(97/SABU監督)でおおさか映画祭助演男優賞、『HANA-BI』(97/北野武監督)『犬、走る DOG RACE』(98/崔洋一監督)等の演技でキネマ旬報、ブルーリボン賞、日本アカデミー賞など数々の助演男優賞を受賞。『avec mon mari アベックモンマリ』(99/大谷健太郎監督)、『オーディション』(00/三池崇監督)、『不貞の季節』(00/廣木隆一監督)、『船を降りたら彼女の島』(03/磯村一路監督)、『エクステ』(07/園子温監督)、『棚の隅』(07/門井肇監督)、『休暇』(08/門井肇監督)、『ネコナデ』(08/大森美香監督)、『ランニング・オン・エンプティ』(10/佐向大監督)、『一枚のハガキ』(11/新藤兼人監督)、『仮面ライダー1号』(16/金田浩監督)、『蜜のあわれ』(16/石井岳龍監督)、『シン・ゴジラ』(16/庵野秀明・樋口昌嗣監督)、『アウトレイジ 最終章』(17/北野武監督)、『予兆 散歩する侵略者 劇場版』(17/黒沢清監督)、「教誨師」(18/佐向大監督)など、映画、テレビドラマに欠かせない名脇役として、また時には主演俳優として、超大作から学生の自主映画まで出演。さらにはナレーション、CM、音楽ライブ、「大杉漣の漣ぽっ」(BSフジ)やバラエティ番組などでは、愛嬌たっぷりの人懐こいキャラクターで多くの出演者、スタッフ、視聴者に愛された。 70年代フォークとサッカーを愛し、91年11月に発起人として立ち上げた草サッカーチーム<鰯クラブ>ではキャプテンにしてセンターフォワード、背番号は、不動の<10番>を務める。

年表

CHRONOLOGY

1951 9月27日 0歳 徳島県小松島市にて生誕
1964 4月 12歳 阿南市立富岡中学校に入学、野球と軟式テニスの選手となる
1967 4月 15歳 徳島県立城北高校に入学、サッカー部に入る
1969 17歳 ラジオの深夜放送でフォークソングにはまる
1970 2月8日 18歳 徳島県のサッカー優秀選手に選ばれる
3月 好きだった女の子の後を追って上京、吉祥寺の家賃6000円のアパートに住む
1974 6月4日 22歳 太田省吾率いる転形劇場に入団、「老花夜想」で初舞台
1975 10月 23歳 転形劇場初の海外公演となる「飢餓の祭り」をポーランドで上演
1978 27歳 初めて映画のオファーを受ける
1980 1月 28歳 映画デビュー作『緊縛いけにえ』公開
10月21日 29歳 「裸足のフーガ」初演。芸名を“大杉漣”とする
1981 4月28日 沈黙劇「水の駅」初演、好評を博す
7月4日 初の一般映画出演作『ガキ帝国』公開
1982 4月12日 30歳 稽古から帰ると入籍したことが判明
1984 32歳 『連続暴姦』でピンクリボン賞主演男優賞受賞
6月 32歳にして老人役を演じた『変態家族 兄貴の嫁さん』公開
1987 36歳 テレビにも顔を出し始める
1988 『魔法少女ちゅうかなぱいぱい!』出演、子どもたちの注目の的に
1989 11月 37歳 転形劇場解散
1991 39歳 サッカーチーム<鰯クラブ>結成、不動のセンターフォワードを務める
「太平記」にて大河ドラマ初出演
1992 40歳 『ソナチネ』のオーディションを受けるも遅刻して2秒で終わる
『くまちゃん』で田中博行(のちのSABU監督)と共演
1993 6月5日 41歳 『ソナチネ』公開、ニヒルなヤクザ役で注目を浴びる
1998 46歳 『犬、走る DOG RACE』の撮影、本物の産業廃棄液に浸けられる
47歳 『HANA-BI』『犬、走る DOG RACE』で多くの助演男優賞を受賞
1999 『天使に見捨てられた夜』新宿ロフトのイベントで田中要次、大森南朋とバンド結成
2000 9月2日 48歳 一般映画初主演作『不貞の季節』公開。舞台挨拶で観客一人一人と抱擁し話題に
12月2日 49歳 『三文役者』に、田口トモロヲとのユニット『Har’G KETTELS』として出演
2001 5月 FIFAコンフェデレーションズカップ日本代表戦の放送にゲスト出演
6月 雑誌「音楽と人」で『ハモニカの味』連載スタート(のちに『ゴンタクレが行く』改題)
10月 50歳 単行本『現場者 300の顔をもつ男』マガジンハウスより発売
小松島市の旧南海フェリーターミナルで、初の本格的なライブを敢行
2002 1月 『船を降りたら彼女の島』の役作りのため6kg減量
51歳 『ロッカーズ ROCKERS』にて劇中歌「恋の確定申告」を作曲、歌唱する
9月20日 シネマ下北沢3周年プレ企画『6人の男たちフィルムズ』開催
2003 11月 52歳 初の自伝的エッセイ本『ゴンタクレが行く』発売
2005 2月11日 53歳 吹越家より 525gのチワワをもらい受け、風(ふう)ちゃん 家族になる
54歳 『ライフ・オン・ザ・ロングボード』でサーフィン初挑戦、リハなし本番一発目で板に立つ
2007 4月2日 55歳 ZACCO 始動
56歳 四十年吸いつづけた煙草をやめる
2008 4月23日 57歳 映画『ネコナデ』で共演した鬼塚トラ改め、大杉寅子となる
2009 8月 『おにいちゃんのハナビ』撮影のため悲願の普通自動車免許取得、合格してうれし泣き
58歳 セリエA・ACミラン パオロ・マルディーニにインタビュー
2010 3月5日 59歳 別役実『象』で、八年ぶりに舞台に立つ
2011 4月 60歳 ネット配信のバラエティ番組「漣☆写でGO!」開始
10月 日韓共同制作の舞台『砂の駅』にてソウルに一カ月滞在、韓国の舞台に23年振りに立つ
2013 4月13日 62歳 バラエティ番組「大杉漣の漣ぽっ」BSフジにて放送開始
12月8日 63歳 国立競技場で大勢のサポーターと共に徳島ヴォルティスJ1昇格に立ち会う
2014 1月17日 フジテレビ『僕らの音楽』でエレファントカシマシと共演
2015 韓国映画『大虎』(邦題『隻眼の虎』)にてチェ・ミンシクと共演
2016 7月1日 64歳 『だいこん役者』で藤山直美と初共演で新歌舞伎座に立つ
2017 1月2日 65歳 NTV「ぐるぐるナインティナイン」のコーナー「ゴチになります!」にレギュラー出演
8月20日 初プロデュース映画『教誨師』クランクイン、8/30クランクアップ
8月24日 「ゴチになります!」でピタリ賞100万円獲得。9/7にも獲得し、史上初の2週連続ピタリ賞。
2018 2月21日 66歳 「バイプレイヤーズ 〜もしも名脇役がテレ東朝ドラで無人島生活したら〜」撮影後、急逝