ことば

COLUMN

「わが街わが友 吉祥寺1」東京新聞 2010年11月28日付朝刊

これまで<東京>について改めて考えたり書いたりすることはなかった。

1970年に徳島から上京し、今年で40年になる。すごい時間が過ぎたものだ。

つまり、ものごころついてからは、東京での生活ということになる。

 

18歳で初めての一人暮らし、もちろん東京のことなどなにも知らなかった。

そんなぼくに、当時東京で生活していた兄が得意そうにこう言った。

 

「お前なぁ、東京に住むんだったら吉祥寺にせえ。ほら面白いでえ、緑も多いし、お前の大好きなフォークシンガーが、普通に町歩いとる!」

 

その一言で絶対吉祥寺に住もうと決めた。

早速不動産屋に紹介してもらったのが、駅から5分のアパート『亀良久荘』。きらくそうと読む。

まさにぼくの東京ライフに相応しい名前だった、気楽そう!

 

ミニキッチン付き四畳半・家賃4500円。当然風呂なしの共同便所だ。

日当たりも大して良くなかったが、窓を開けると中庭があり、そこにはスモモの木があった。

なんだかそれだけで幸せな気持ちになった。

大袈裟な表現をすれば、その部屋は、<ぼくの宇宙>だったのだ。

徳島からは、簡単な荷物しか送らなかった。

布団袋と歯ブラシとちり紙。その程度で充分生きることが出来た。

 

吉祥寺は、兄が言うように確かに刺激のある町だった。

入れ替えなしの名画座系映画館、昼間から賑やかな焼き鳥屋、生で音楽が聴けるライブハウス…井の頭公園は、ぼくにとって思考と昼寝の大切な場所だった。

 

隣のベンチに大好きなフォークシンガー・高田渡さんが寝ていることもあった。

あの渡さんが公園で昼寝をしている!

ああ恐るべし、吉祥寺だったのだ。