ことば

COLUMN

ハモニカの味 第1回「ミッキーさん」

ぼくが子供の頃、毎週日曜日の午後に必ず我が家を訪れた人がいる。その名を〈ミッキーさん〉という。

ミッキーさんは、近くの橋の下に住んでいた。夏でも分厚いコートを纏い軍靴を履いて、髪は腰まで届く長髪、顔は一面ヒゲだらけ、笑うと歯茎しかなかった。今で言うホームレスだったのだろう。食べ物は、川岸の手作り菜園で自給自足、川で魚を釣っていた。ただお米だけは、近くの家からもらっていたのだ。ミッキーさんの米収集日は、日曜日。

ぼくは、ミッキーさんが大好きだった。彼からは、学校で教えてくれない沢山のことを学んだ。

鮎やウナギなど川魚の獲り方。そして、男と女が恋をするとキス(彼は、そのことをブッチュンブッチュンと呼んでいた)をするんだということも鼻息荒く教えてくれた。ぼくにとって日曜日の午後〈ミッキーさんの家庭訪問〉が、愉しみになってしまったのだ。

「たかっちゃん(ぼくの本名・大杉孝)なぁ、ワシ結婚しようと思てんねん」

「え……ミッキーさん、結婚って誰とするん?」

「聞いて驚くなぁ、お千代さんや。あの島倉千代子と結婚するんや!」

ミッキーさんは、そう得意満面に言い切ると歯茎だけで笑ってみせた。

「おめでとう、よかったなぁ。かあちゃーん! ミッキーさんが結婚するんやて。相手はなぁ……ええっと」

「島倉千代子やろ」

「えっ、なんでなんで……なんで知っとるん?」

「昔からの口癖やん」

母は笑いながら、お米をミッキーさんに渡した。

「ありがとうございます。ほな、お米のお礼に踊らせてもらいますわ」

そういうと、ミッキーさんは自前のゴザを広げて、一畳の即席ステージよろしくその舞台に立ち、丸金うどん店のタオルに包んであったハモニカを出した。

〈からたち日記〉だった。

「からたちぃからたちぃからたぁーちぃのはぁなぁよぉぉぉ」

ミッキーさんは、気持ちよさそうに間奏にハモニカを吹き、そして唄い踊った、ぼくにとって、初めての〈ライヴ〉の経験だったのかもしれない。まさにストリートライヴだ。

「たかっちゃん、あの山の向こうに東京がある。そこになぁ、お千代さんはおるんや」

あの山の向こうは、四国山脈でその先は九州だった。しかし、ミッキーさんにはそう言えなかった。

この国が、まだまだおおらかだった時代の話だ。

ハモニカという楽器が、ステキなものであることを教えてくれたミッキーさん。いつかぼくもあなたのようにハモニカを吹ければと願っています。三年前に映画のイベントをきっかけに〈大杉漣バンド〉を始めてしまい、ハモニカを吹いていますが、ミッキーさんの〈ハモニカの味〉には、到底およばないのは言うまでもありません。

 

・「音楽と人」2001年6月号掲載