ことば

COLUMN

第5回 「はじまりは柳沢だった その2・一ヵ月後編」

月刊誌は、一ヵ月に一回刊行される。あたりまえのことである。

先月号の〈徳島行き〉からもう一ヵ月が過ぎた。今回はその続編を書くことになっている。ぼくが、徳島でなにを経験し感じたのか、50男の悲哀や郷愁そして歓喜を、ここで細かくお伝えするはずだったのだが、そして読者の皆様にもそれ相応の感動を味わっていただくつもりだったのだが……やめた。

イヤ、書かないということではない。いつか書く。ぼくは約束を破る男ではない(よく忘れはするが)。そう、今回はやめたということなのだ。

 

あれから、たかが一ヵ月後、されど一ヵ月後。

今、ぼくは忙しい。仕事のことではない、気持ちがだ。

だって、とうとう開幕してしまったんだ。日韓共催ワールドカップ!!(この号が、発売される頃にはW杯も終えて、優勝国も決定している)。

日本代表は、H組予選を一位通過した。それだけでも快挙だと思う。選手は、ほんとうによく戦っている。イヤイヤ「浮き足立つな!」というのは、無理な話だ。だって、応援するということは「浮き足立つ」ということなんだから。

かつて、学校の理科実験室で観た〈東京オリンピック・1964〉。マラソン・円谷選手の残り何百メートルの国立競技場での劇走! あの日の記憶は、今でもぼくの身体と気持ちに刻まれている。まさに、そんな時間をいやそれ以上の経験を、ぼくたちは〈今〉しているのかもしれないのだ。

いつの日か「昔ねぇ、この国でワールドカップがあってねぇ、日本もがんばったんだぞぉ……」

必ずそんな追憶の日々が来る。だから、夢遊の時間なのかもしれないこの〈今〉をしっかり刻みつけておきたいと、ぼくは思っているのだ。夢は、いつかは覚めるものなのだから……。

 

ということで、いつか書くであろう事を〈読者と忘れっぽいぼく自身〉のために箇条書きにして、付記しておくことにします。

1・徳島は、雨だった。激しい雨と風のなか、ロケは敢行されたのだった。

2・母校・城北高校サッカー部員のなかに、ぼくの先輩・松本さんの息子がいた。松本先輩は、ぼくにサッカーを教えてくれた人だ。

3・授業をさぼってゴンタクレ共がたむろっていた〈こんにゃく橋〉健在なり! やはり、現役高校生の溜まり場だそうだ。

4・喫茶店で初めてコーヒーを飲んだのは、高校時代。ちょっと大人になった感じがした。煙草を吸い出したのもこの頃だ。JUNやVANの洋服が、ぼくらの憧れだった。ロゴの入った紙袋をボロボロになるまで誇らしげに持ち歩いていた。〈TAKASHIMAコーヒー店〉は健在だった。32年ぶりに飲むアメリカンコーヒー。〈昭和〉の味がした。マスターには、お孫さんが出来ていた。

5・偶然、その夜〈KAZ BAND〉のライヴがあった。去年、徳島で競演させていただいたバンドだ。飛び入りで加川良さんや泉谷しげるさんの歌を4曲も唄ってしまう。今年も阿波踊りが終わった頃に、ぼくたちの〈小さな祭り(LIVE)〉を予定している。

まあ、こんなところだ。以上、「プロジェクトX」風に綴ってみました。

では、暫しの間、喧噪の波に溺れてきます。

では来月!!

 

・「音楽と人」2002年8月号掲載