ことば

COLUMN

第17回 「自転車万歳!」

住み慣れた〈町〉から、四ヵ月前に引っ越しをした。

今は、S区に住んでいる。新宿・渋谷・杉並、みんなS区だ。おっと、墨田もあった。ぼくから見れば、すげえ〈街〉にもかかわらず、昔ながらの小さな商店街もあったりする。撮影現場に行く時間もかなり短縮され近くなったなぁ……と思っていたら、以前住んでいた町の近くのスタジオに何ヵ月か通うことになってしまった。人生とは、概ねこんなもんだ。

そうそう引っ越しを機に自転車を買った。ぼくの周りの人たちは、自転車のことを〈チャリンコ〉と呼ぶのだが、なぜかぼくは、そう呼ぶことにかすかな恥ずかしさと抵抗がある。やはり自転車なのだ。しかし、自転車に乗るなんて何年ぶりなのだろうか。以前、SABU監督の『ポストマン・ブルース』という映画で、イヤというほど乗っていたのに……考えてみると、仕事場へは車で行くし、普段いかに歩くことや自転車に乗ることが、少なくなっていたことか。車の移動だと流れていく風景を茫洋と見ているだけだが、歩いたり自転車に乗っていると、人も風景もゆるやかに見えてくる。忌野清志郎さんほどではないにしても、なんだか自転車にはまりそうな予感がしているのだ。

天気のいい休日、下北沢まで自転車で行くことにした。

「なんだ、こんなに近いのか!」

ぼくは、若葉マークの冒険者のようにひとりで感動していた。馴染みの映画館の近くに自転車を停め、街を歩くことにした。久しぶりに娑婆の空気を吸う元受刑者のごとく……。

 

「あの、大杉さん!?……大杉漣さんですよね」

「ええ……はい、そうですが……」

いきなりだった。彼女は小さなチラシのようなものを手にしていた。

「あのぉ、お時間ありますか。三十分くらいなんですが……」

あっ、健康グッズか宗教の勧誘?

「大杉さん、よろしければ……これから、そこのレコード屋でインストア・ライヴをやるんですが……是非、お時間があれば来ていただけないかと……」

「えっ、あっ……ライヴですか」

「はい、〈UNLIMITED BROADCAST〉(略・アンリミ)というバンドなんです」

彼女は、チラシを手に必死だった。それは、純粋にそのバンドの音を聞いて欲しいと願う情熱からくるもののように思われた。確かに勧誘には違いないが、ぼくにとっては嬉しいお誘いだったのだ。だって、そん日のぼくは、元受刑者の冒険者だったんだから……。

「じゃあ、伺います」

ぼくたちは、会場に向かった。

さほど大きくないレコード屋さんに、すでに多くの観客がスタンディング状態で入場していた。ぼくは、コソコソと一番後ろのレジ横に立つ。見ようによっては、レコード屋の店長に間違えられても仕方のない位置取りだ。だって、観客のほとんどが女の子だったんだから……。

初見〈アンリミ〉の新曲発売を記念してのライヴが始まった。あっという間の三十分だった。虚飾なくストレートに音楽が好きで切なくて楽しくて……だからやり続けているんだという、そんな思いが伝わる素敵な三人組のバンドだった。

「大杉さん、今日は本当にありがとうございました」

ライヴに誘ってくれた彼女が、ぼくに礼を言う。イヤイヤ、お礼を言わなければいけないのは、ぼくの方なんだ。偶然の出会いで貴重な時を作ってくれたことに。

 

〈やっぱ、ウロツクことやね、ええこともありまっせ〉

自転車に乗ったり、ブラブラ歩いたりね。もしもあなたの街で、五十がらみの目つきの悪いバッタものの冒険者を見かけたら、それはぼくだ。どうか、お気軽に誘ってみてください!

 

そして一週間後。

ぼくは、あの時に声を掛けてくれた中島女史に電話を入れた。

「あの、大杉ですけど……先日はありがとうございました。明日、下北沢で〈アンリミ〉のワンマンありますよね。伺いたいのですが……ええっと…その……ぼく」

〈アンリミ〉と出会ったばかりなのに、ぼくは〈ワンマンライヴ〉に飛び入り参加し、二曲も唄ってしまった。うちの一曲は、ブッツケ本番のアンリミとのセッション! ちょっと緊張もしたが、こころから愉しんでしまったことを最期にコクッテおきます。

 

「音楽と人」2003年8月号掲載