ことば

COLUMN

第19回 「京都の夏」

世界津々浦々異常気象の中、ぼくは夏のほとんどの日々を京都で過ごした。

といっても東京での仕事もあり、飽きるほど新幹線の往復も繰り返した。例年のことだが、なんだかいつも夏に休みがない。

京都には、伝統ある二つの撮影所がある。東映京都撮影所と松竹京都映画。ぼくは、京都での仕事はそれほど多くないのだが、今回は松竹撮影所にドラマで行ったのだ。「たそがれ清兵衛」という映画以来だから、一年四ヵ月ぶりだ。

今回はどういうわけか、そのドラマの主演を任されることになった。イヤイヤぼくなんかでいいのだろうか。監督は、井上昭さん。ベテランだが、非常に柔軟な演出をされる方だ。型にはまった分かりやすい演技よりも、なにげない日常的な演技の中に人の姿をリアルに描こうとする監督だ。

「今回は、漣さんを想定して脚本を書きましたから」

俳優にとって、こんな嬉しいことはない。

それが主演であれ脇役であれ、この役は「あなた以外にない」と言って頂いたわけだから、多少のプレッシャーなにするものぞといったところだろう。撮影は、異常気象の中でのロケーションだったが、無事に終えることが出来た。

 

6年前、初めて京都東映作品「極道の妻たち・Final」の撮影に参加した時、先輩俳優から教えていただいたことを思い出す。

「大杉、京都は怖いぞ。東京のようにスタッフもやさしくないから厳しいぞ。特に新参者は、なかなか受け入れてもらえないし、背筋伸ばして行って来いよ」

確かに年季の入った一癖二癖もありそうなスタッフ集団だった。ヤクザ映画に出演しているぼくら俳優よりもスタッフの方が間違いなくヤクザらしく見えたほどだ。しかし、その彼らが実にプロフェショナルなのだ。関西人独特のキツイ一言はあったとしても、各パートの技術力は非常に高く、なによりも俳優の演技を見る眼が優れているということに驚いた。

「極妻」に参加したとき、ぼくには一つだけ決めていたことがあった。〈ヤクザらしくやらないこと〉。だって衣装も台詞もセットもどこからみてもヤクザな世界なんだから、それ以上のコテコテした演技は必要ないだろうと感じたからだった。中島貞夫監督からも「大杉君はボソボソ喋るし、なんだか台本通りにやるのが好きじゃないのかな。じゃあ、テストでアドリブもやっていいから君の好きなように演じてみてくれるかな。それからどうするかカット割りも決めるから……」

威勢のいいヤクザな喋りは、確かに演じていて「決まった、演じきった」という気持ちにさせてくれるかもしれないが、ぼくの興味はそこにはなかった。簡単に言えば、威勢のいいその裏側の姿を見たかったのだ。台本には、妻役のかたせ梨乃さんとのキスシーンなんてどこにもなかったが、不似合いなフレンチなキスがどうしても必要だと思った。ヤクザのフレンチキッス!おまぬけで普通で素敵でしょ。車の中で拳銃で撃たれるシーンでは、台本だと妻に「ワシは大丈夫や、心配するな!」とヤクザらしく啖呵を切るのだか、撮影現場では「あっ撃たれた。血や血が出てる!痛い痛い……ワシ死ぬんか。嫌や!病院、はよ連れてって!!」とやってしまった。そんな情けなさにその人を見たかったのだ。

撮影後に照明技師のSさんが、ぼくにこう言った。

「大杉さん、あんたのことよう知らんかったけど、変わってんね。ヤクザの形からは外れるけどあんなんもありかなと思うたわ。面白いんとちがうかな。また、京都に来てや」

お世辞を言うよう人ではなかったから余計にその一言は嬉しかった。機会があれば、是非京都に行きたいと思った。

 

そして、今回のドラマだ。内容は、あえて書かないことにする。でも「地味だけど面白い

かも」とだけ言っておくね。だって寺島しのぶさんや寺島進さんや遠藤憲一さんや本田博太郎さんといった素敵な俳優さんが脇からしっかり作品を支えてくれているんだから。奥さん役は、風吹ジュンさん。やはり、ここでもかわいい中年夫婦のキスが必要だったのでアドリブで入れさせていただいた。誤解されないように言っておこうっと。もちろん承諾をいただいた上で、決して公私混同ではない。そして、なによりもあの個性の強いスタッフ集団も健在だった。

彼らは実に家族的であり、よく喋りよく笑う。そして、時に真剣に怒る。怒るということは、怒られる人がいるということだ。そこには怒る理由があり、怒られる原因があるのだ。そうすることによって京都的撮影スタイルは、若いスタッフに受け継がれていくのだろう。そしてなによりも彼らは太く逞しい信頼感で結ばれているように思われる。

当たり前のことを書こう。〈ものを作るのは人である〉。そんなことを改めて感じた京都の夏だった。

 

「音楽と人」2003年10月号掲載