ことば

COLUMN

第21回 「初めてのスーツ」

ぼくは、1978年に高橋伴明監督の作品で映画デビューをした。

友人のプロデューサーからの突然のオファー。おそらく、その誘いがなければ俳優の仕事をこんなにも長くやってはいないと思う。劇団の解散(1988年)で〈演じる世界〉から離れていった者もいある。沈黙劇という独特な演劇スタイルで演じることをやり続けた者にとって、それは自然の選択だったのかもしれない。しかし、ぼくはその世界に残った、残ってしまった。理由は簡単だ。それ以外に出来ることがなにもない、やりたいことが他に見当たらない……おそらく、そんなところだったのだろう。

劇団時代の10年間、時間があれば映画にもポツポツ出演させていただいた。もちろんオファーがあってのことなのだが、高橋伴明・中村幻児・廣木隆一・滝田洋二郎・磯村一路・水谷俊之・周防正行・片岡修二(敬称略)ら多くの監督が声を掛けてくれた。そのほとんどの作品はポルノ映画だったが、実に面白く濃密な現場だった。製作予算400万、撮影日数5日。つまり、5日で一本の映画を作っていたのだ。過酷ではあったが、〈いい作品〉を撮るんだという強い意志と力が当たり前のようにそこにはあった。

俳優のギャラも一日2万。それ以上は絶対なかった。三日撮影があれば、6万。看板に偽りなしの明朗会計だ。以前ぼくは、自分のことを〈日雇い俳優〉と呼んだのは、ここから学んだことだ。もちろん今のようにマネージメント事務所に所属しているわけでもないし、自分のことはすべて自分でやっていた。当然メイクも衣裳も自前だった。メイクは、劇団でもやっていたのでどうにかなったが、問題は衣裳だった。手持ちの洋服総動員なんて当たり前のことだ。なかでも特に困ったのはスーツだ。なんせそんなもの普段着たことないし持ち合わせてもいない。家にあったのは、せいぜい友人から貰った冠婚葬祭用の黒いスーツ一着だけだったんだから。

ある日・ある監督・ある作品(それがなんだったのかきっちり忘れたわけです)でエリートサラリーマンを演じることになった時のことだ。もちろん衣裳は自前! だってエリートだよ、ということは一応パリッとしてなきゃあいけないわけでしょ……そんなスーツ持ってないよぉ。という訳で、友人に片っ端から電話をかけることにしたのだ。

「えっ、スーツ。パリッとしたのは持ってないけど……あっそうだ、漣ちゃん、高田馬場と大久保の間にある小さい公園で朝市があってさ、かなり安いスーツを売ってるって聞いたことがあるけど……」

友人の情報をもとに早速高田馬場に出かけることにした。

 

その情報はとても正しかった。雑貨や洋服が、今でいうフリーマーケット状態で売られていたのだ。売っていた人は、間違いなく〈その筋〉の方だ。

「ああ、あった、あったぁ。これだぁ!」

地べたに置かれたスーツ一着、まさに今回の役にぴったりのパリッとスーツ。

「あの、これ欲しいんですけど、いくらですか」

「あっ、それ。そうだなぁ、三千でどう」

「えっ、三千!? あのすいません。友達に安いって聞いてきたんですけど……」

「いくらだったら買うんだい」

「ええ、ええっと、五百円!」

その筋の方は、怒っていたのか、笑っていたのか、あきれていたのか。いずれにしても手に入れることが出来たんだ、五百円スーツ。

 

「へえ漣さん、いいスーツ持ってるんだねぇ。うんうん、エリートに見えるよ」

監督も撮影現場でおおいに喜んでいただいたというわけだ。その筋の方に感謝!

お役を終えた愛しいスーツを早速クリーニングに出すことにした。考えてみればクリーニング代がスーツ代より高かったんじゃないだろうか。しかし、ぼくにとっては初めての自前スーツなんだから……そして、事件は突然降ってきた。

「大杉さん、お預かりしたスーツなんですが……」

それは、クリーニング店からの電話だった。

「申し上げにくいんですが、スーツが……バラバラになってしまって、ところどころ溶けてるんです」

スーツがバラバラそして溶けた!?

早々クリーニング店に駆けつけると、そこには各パーツパーツになった布切れが型紙状態で置かれていた。確かにところどころ溶けてもいる。ぼくたちは得体の知れない生物の解剖実験に立ち会ったように〈それ〉を眺めるしかなかった。

「大杉さん、これ縫ってなかったんですよ。つまり、なにか強烈な糊のようなもので貼り合わせてあったんじゃないでしょうか」

クリーニング店主は、まるで推理好きのベテラン刑事のような顔つきでになっていた。

そうか、異常にパリッとしていたのはスーツ全体が糊でコーティングされていたからなのかぁ。ウーン、いずれにしても特殊技術だ。

「ああっ、いいんです。ええ、これはこれでいいんです。気にしないでください。だってこれ五百円で……いやいや、いいんです本当に。はい、では」

生まれて初めて買ったスーツは、バラバラになり、そして溶けてしまった。

 

ぼくは、今も仕事以外でスーツは着ない。そして、あれ以降スーツがバラバラになることも溶けることもなかったことをここに書き記しておきます。

 

「音楽と人」2003年12月号掲載