ことば

COLUMN

第22回「サイン会」

静かな夜に

静かな町で

ひとりだけの酒盛りを

今夜だけはアンタの話にも

そっと耳を閉ざしてしまう

昔死んだ男達のことや

忘れられた女たちと共に

このウィスキーをこころまで

流し込むのだ

 

22歳の時に書いた詞が出てきた。おびただしい言葉の行列を書きなぐった薄汚れたノート。この詞には、〈ギターコード・Gから始まる〉と書き加えられている。おそらく何らかのメロディーがあったに違いない。しかし、今となってはそれを知る由もない。

吉祥寺。西日の強い四畳半での青春の悶々。

食ってやって寝る……そんな日々の連続。

後悔も希望のない放り出された膨大な時間そして言葉たち。

ぼくは、当時本当に〈革命や自由〉について考えていたのだろうか。

記憶とは、曖昧なものだ。脚色された思い出たち。

あなたの人生、波瀾万丈? 冗談じゃあない。

だって人生だもん。誰だってあるよ、いろんなことが。

漫才のネタのように、なんでぼくは自分の人生を弄ばなきゃあいけないのか。

「こんなに苦労しましてね、やっとここまで来たんですよ」って、涙のひとつも流せばいいのか。わかるということが、そんなに大切なことなのだろうか。

「ああ、この人はこんな人なんだ」それで納得することって危険だよね。

 

ぼくは、抽象画のように生きる。

 

多くの人の力があり、この連載「ゴンタクレが行く」が単行本になった。

それを記念してのサイン会を都内三ヵ所でやらせていただくことになった。もちろん初めての経験だ。

果たして人は来るのだろうか。やるのはいいけど誰も来なかったらサインは出来ない。そんな不安をよそに一ヵ所目の吉祥寺では、階段に多くの方が並んでくれていた。なんかね「ホントすいません、ぼく如きで」っていう感じだったかな。

「お店の方、先生って言ってましたよ」

現場マネージャーの大輪君が言う。

「えっ、先生って?」

「だから、大杉さんのことじゃあないですか?」

なんでぼくが先生なんだ。出版業界じゃあ著者は、みんな先生なんだろうか、変なの。

遠くは北海道や九州からこの日のためにわざわざ駆けつけて下さった方もいた。

たった一冊の本を手に入れるために来てくれたんだ、時間とお金をかけて……。

〈ありがとう〉という以外にどんな言葉が見つかるだろうか。

一冊一冊気合いを込めて〈あるがままに 大杉漣〉と書かせていただいた。

まさか30年前に住んでいたこの町で、食ってやって寝ただけのこの町で、こんなことをやっている自分がいるとは……。

本当はゆったりとね「みなさんとお茶でもしながら話てぇぇぇ」これマジだった。

「ねぇねぇ、どうしてこんないいかげんな男に興味があるんですか」

ぼくは、ぼくについてどれだけのことがわかっているというのだ。

ぼくは、特別な人ではない。どこにでもいるとちょっとイタイケな普通のオジサンだ。

何人の方にサインと握手をしただろうか。

ちょうど一時間。サイン会は終わった。

道をはさんだ向こうに、30年前にうろついていた通りが見えた。かつてあった映画館もジャズ喫茶も痕跡はなにひとつ残さず消えていた。人工的な景観のなかを多くの若者たちが行き交っている。

 

ねえねえ、聞いていいかな?

どこに向かって歩いているのですか?

 

「音楽と人」2004年1月号掲載