ことば

COLUMN

第23回「初めての徳島ロケ」

抜けるような空が痛い

風がヒゲに遊んでる

申し訳ないが気分がいい

 

なぜかわからないが、岡林信康さんの歌を口ずさんでいた。

そんなに気分がよかったのだろうか。

ここは、徳島県池田町。あの高校球児〈やまびこ打線〉池田高校のある町だ。

徳島で生まれ育ったにもかかわらず、初めて訪れた町。

考えてみると東京で生活して34年が過ぎるが、自分の知っている東京なんて一部に過ぎない。案外そんなものなのかもしれない。

 

空の青が、そして透明な風が、確かにこの町にはある。

三原光尋監督作品「村の写真集」のロケーション。

ぼくにとって初めての徳島での撮影。

そんなこともあり、取材を受けることになった。

「大杉さん、徳島での撮影は感慨もひとしおですねぇ」

「ええ、まあ……」

「やはり特別な思いですよねぇ……」

「……いや、いつもと同じですよ」

「同じというのは!?」

「ですから、どこで撮影しようと同じ気持ちなんですけど……」

期待する言葉を引き出せない取材者には申し訳ないが、それがぼくの気持ちだった。

これは、概ねぼくの性分といったところだろうか。

撮影現場でいつものように普通に過ごしたい。

〈大杉漣さん、故郷に凱旋! 映画撮影に参加〉

いくら徳島出身の俳優が少ないからといって、お願いですからこんな見出しをつけないで欲しい。オジサンにも恥はあるのです。

 

ぼくは、普段現場で怒ったりすることは殆どない。

それぞれの現場の条件も環境もまったく違う。それらに自分の気持ちと身体を合わせていく。そうすることによって過酷な現場さえも前向きに楽しめるようになるのだ。つまり、歩み寄られることを待つのではなく、歩み寄って行くことがぼくの好みなのだろう。

特別な扱いをして欲しいわけでもないし、そこにいる人と普通にものを作っていければそれでいいのだ。

今回の「村の写真集」は、多くの地元の方のサポートがあり実現した映画だと聞いた。それこそロケ場所もスタッフの寝泊まりする宿も炊き出しの食事も……そして出演すらも。実際、ぼくの親族はすべて地元の皆さんだった。俳優では決して出せないその表情と空気。ぼくの父親が死んだ通夜のシーンでのこと。

30人近い地元の方が自前の喪服でエキストラとして参加してくれた。

「撮影ってえらい時間がかかるんやねぇ、大杉さん。何回も同じことして」

「ええ、それが仕事ですから」

「飽きいしませんか」

いやあ、痛いところをついてくる……飽きることも大切なんです。

テストが始まった。

「そこの人、もっとこっち向いて。ほら、歯はみせない……真剣にね」

スタッフの指示が響いた。そして、ぼくはカチンときた。

撮影現場から彼を連れ出した。

「ひとつだけ言わせてください。ぼくらは、あの方たちを撮ってあげているんじゃあない、撮らせてもらっているんだということを忘れてはいけないと思う」

ぼくの言いたいことを彼は理解してくれた。厳しい条件の中でスタッフも撮ろうとしているのはわかる。だからこそ、なにが大切なのか分かってほしかった。

人は言葉では動かない、気持ちで動くのだ。

優れた作品とは、主役はもちろんのこと脇もエキストラも光っているものだと思う。

 

ぼくの撮影は三日間で終わった。

ぼくにとって、地元言葉・阿波弁で演技をするのは初めての経験。東京とは違う、空の青と透明な風、そしてそこに息づく人々の姿。映画が、光っていますように……。

 

新年明けましておめでとうございます!

皆さんと世界が幸せであることを願いつつ……。

 

「音楽と人」2004年2月号掲載