ことば

COLUMN

第25回「合宿映画」

廣木隆一監督が穏やかな眼差しで言う。

「田口トモロヲ・村上淳・大杉漣で、大人のお間抜けで切ない映画をやりましょう」

廣木さんとは、二十数年のつきあいになるだろうか。ぼくにとっては、映画「不貞の季節」以来だから三年ぶりの廣木組の現場ということになる。

「バジェット(制作予算)が小さいですから八日間で撮り切ります。まあ合宿ですね」

ええっ八日間の合宿だって。ああ合宿! なんと気持ちをそそる言葉なんだろう。

俳優三人もそれぞれの共演はあるが、三人揃ってというのは初めての経験だ。

 

ロケ地、北九州市小倉&門司。

北九州フィルムコミッショナーの協力を得ての撮影らしい。世話役の日比谷さんは市の職員にもかかわらず、矢沢永吉さんの北九州ファンクラブ支部長をやっている方だ。頭はリーゼント、車は当然のように〈E・YAZAWA〉ステッカーが貼られていた。強烈な地元のヤンキー諸氏からも〈ヒビやん〉と慕われる人望厚き男なのだ。

「揉め事があったら自分に言ってください。あっそれから呑み屋さんや風俗なんか行かれるんでしたら自分教えますから」

「はい。まぁ呑み屋さんは行くだろうけど、風俗は行かないかなぁ」

ファッションヘルスやソープランドに〈あるがままに・大杉漣〉なんてサイン色紙飾ってあったりしたらどうなるんだろうか。あるがままに……ねえ。

「呑み屋も多少気をつけてくださいね。この間手榴弾投げ込まれた店なんかもありますから……」。イヤイヤ多少って、どう気をつければいいのだろうか。

 

ロケ場所の中心は、小倉近郊の古い洋館だった。

あらすじは、ひとりの女子高生(安藤希)を一年間の契約で三人が共有するという、エロチックで切ない物語だ。

古い洋館前には貨物専用の引き込み線があり、その向こうに海があった。

「大杉さん、パスポート持ってきた?」。トモロヲ君が唐突に切り出した。

「えっ、パスポートって、ここ九州だからいらないでしょ」

「いや、小倉から韓国・釜山まで船が出てるから……三時間で行けるらしいですよ」

「船で韓国、いいなあ」

ぼくたちは想像した、韓国・釜山に立つ三人の姿を……目の前にある海の向こうは玄界灘、そして韓国・釜山!

「パスポート、やっぱりなきゃあ駄目かな。ねぇ、お役人はおおめに見てくれないかなぁ」

「それって不法入国だから……〈日本人俳優三人密入国で逮捕! 目的はなにか!?〉なんて書かれるんだろうな」

無駄話の種は尽きることなく蒔かれ続けた。

 

洋館から撮影開始の声が聞こえる。

トモロヲ君も淳君も目つきが変わる。独特の緊張感。スタッフもみな同じだ。

この緊張感を味わうために、この仕事を選んでいるといったら言い過ぎだろうか。

「大杉さん、ここ覚えていますか?」。制作の吉崎さんが、ぼくに言った。

「えっ、覚えてるって……」

「ですから、この洋館ですよ。以前にもここで撮影したじゃないですか」

「いや、ぼく小倉での撮影は初めてだと思うけど……」

「なに言っているんですか大杉さん、あの時徳島から来ましたよ。声を嗄らして……」

「そうです。あの撮影って、ここだったんですよ」

三年前徳島でライヴをやった翌日、確かにぼくは九州で撮影をやった。ライヴ後のしゃがれ声で老人を演じたんだ。そこまでは覚えているのだが……その場所がここだったとは。あれって小倉だったのか。(正直、ちょっと大杉はショックを受けたのでした)

 

全編北九州オールロケ。

冬の青空のもと、最終シーンは河に三人が入るというカットだった。人も車も止めての大掛かりな撮影だったのだが、そこに立ち会った地元の方は実に協力的にゆったりと穏やかに撮影を眺めていた。

「東京だとこうはいかないんですよ。車止めたりするともう大変です。東京はイラついていますから」。吉崎さんがポソッと言った。東京はイラついている……か。

廣木監督のオッケーの声。ぼくたちは、全身ずぶ濡れ状態で河から上がった。

「寒いでしょ、暖まりなさい。風呂沸かしてあるから」

見知らぬ地元の方の親切が身に沁みた。風呂から上がると「寒かったでしょ。俳優さんも大変だね。さあ、よかったら食べてってください」

そこには、焼酎と明太子があった。

ああ九州ここにあり!

 

「音楽と人」2004年4月号掲載