ことば

COLUMN

第26回「怒濤の大移動」

強風吹き抜ける茨城県でのドラマの撮影を終えて、その足で京都に向かう。

ギリギリ飛び乗った最終の新幹線には、疲れきった企業戦士たちが深い眠りについていた。

〈ねぇ、明日はどうなりますか〉

そんなことを語ってみあたかったのだろうか。

明日のことなんて誰もわかりゃしねえ……。

 

今年はなんだか時代劇をやっている。先日も「大奥スペシャル」でエロ将軍を演じたばかりだ。将軍なんて会ったことも見たこともないから想像の世界で作り上げるしかない。それにしても理不尽な世界だ。だって「余は、あの子にする」とお付きの女性に伝えれば、まだイタイケな幼いあの子が自分のものになるんだから……どう考えたっておかしな世界でしょ! まぁ、そんな世界だから映像化されるんだろうけど……。

 

早朝の京都松竹撮影所。

ここでの時代劇は、「たそがれ清兵衛」以来だ。四ヵ月近く〈居合い〉の練習に通ったことを思い出す。「もともとサッカーの練習だって嫌いなのに居合いなんて……」。そんな甘いことを言ったら事務所のマネージャーに尻を叩かれた。いくら本番一本勝負が好きといっても技術がなければ出来ないということも十分わかっている。現場で臨機応変に対応出来る真田広之さんの技術や心の深さにどれだけ助けられたか……砂地での格闘シーンは想像以上に過酷だったし、山田監督の「OK!」が出たときには精魂尽きたという感じだったなあ。この間のアメリカのアカデミー賞にも「たそがれ清兵衛」が「トワイライトサムライ」というタイトルで外国映画賞にノミネートされてたっけ。例の砂場の格闘シーンが会場に大写しされて「あっ、この真田さんに頭叩かれたの俺なんだよなあ……大変だったんだから」なんて……そんなこと誰に言うことなく一人でつぶやいてどうする。

 

「あっ、大杉さん! 久しぶりです」

「あっ、いっけい君! 久しぶりだね。あれっ? ここでなにしてるの」

「なにしてるのって……大杉さんと同じ作品に出てるじゃないですか」

「あれっ、そうだっけ……」

ここで弁解を書いておこうっと。脚本は読んでいるが共演者を知らなかっただけで……。主演は中村獅童さん。渡辺いっけいさんも松重豊さんも共演者だったのだ。はい、すみませんでした。

「大杉さん、いよいよ今夜ですね」

唐突にニコニコ顔のいっけい君が言う。

「えっ、今夜って……サッカーのこと? いっけい君には悪いんだけど、ぼく今夜のUAE戦チケット持ってるんだ。今日の撮影が順調に終われば新幹線に飛び乗って、夜は国立競技場に行ってるってわけ、へへへ……」

「ぼくの撮影は、大杉さんの後だから絶対に間にあわないよなあ」

いっけい君のサッカー好きを知っているし、故に申し訳ない気持ちも働いたのだが……。

「じゃあ、いっけい君! ぼくだけ生でライブでしかもスタジアムで観て来るね」

ああ、追い討ちを掛けるような愛情溢れる残酷な言葉……申し訳ない!

 

撮影現場では、「漣さん、いよいよ今夜ですね」「なんだかオリンピックの代表は、強いんだか弱いんだかようわかりませんねぇ。今日勝たなあかんわけやし仕事手につかんがな」

なんとサッカー好きなスタッフの多いこと。

予定通り無事に撮影を終え「お疲れ様でした。ええっと、これから大杉は国立競技場に行ってきます!」と言うと、京都松竹撮影所第四スタジオに小さな〈日本チャチャチャ!〉が沸き起こったんだ。

 

サッカー好きのみなさんの羨望の目を背後に感じつつ、ぼくはいざ決戦の場に気持ち鋭く向かったのだ。

満員のブルー一色の国立競技場。寒さなんて感じなかった。いまどきの子供らしい代表選手もこの日ばかりは逞しく思えた。とてもフェアーな内容の試合だった。完勝。そしてアテネへの切符を手に入れた。最後まで諦めなかったUAEの選手たちも終了後ピッチ上で日本代表を祝福していた。たかがサッカー、されどサッカー。楽しみがまたひとつ増えた。

帰路、勝利の至福のひと時をラーメン屋で過ごす。カウンター上にあるテレビからイラクのホテルでまた爆発があり29人死亡と流れていた。人の死が統計のように語られる時代。これも現実なのだ。〈ねえ、明日はどうなりますか……〉

珍しくラーメンを最後まで食べ切っていた。

 

「音楽と人」2004年5月号掲載