ことば

COLUMN

第30回 「ああ、泉谷しげる様」

連続ドラマ「人間の証明」の撮影が続いている。

この作品、連ドラとしては珍しくロケーションがとても多い。通常連ドラはスタジオ撮影が多いのだが、今回の作品はロケーション優先になっている。今日は群馬、明日は横須賀、遠くはカナダのバンクーバー……なんて感じなのだ。

確かに移動の日々は大変だが、アウトドア派のぼくにとっては大歓迎。だってぼくは、一日中スタジオ撮影をやっていると頭がボォーとしてくる習性があるのだから。やっぱり外でしょう、狂ったような日差しや生ぬるい風を身体で感じておびただしい夏の汗をかく。クーラー効きすぎのスタジオでは季節を味わい食らうなんて出来ないでしょ……。

 

そんな「人間の証明」の撮影現場で嬉しい再会があった。

「おおっ、ひさしぶりだね」

「ほんとにごぶさたしています」

少しはにかみ照れたような笑いの中、ぼくたちは握手をした。

泉谷しげるさん。

二十数年前、高橋伴明監督の紹介で泉谷しげる監督作品「ハーレム・バレンタインデー」という映画に出演させていただいたのが、最初の出会いだった。

ぼくの役は、怪しげな中国人の医者。

それまで泉谷さんの歌を聞いていたファンのぼくとしては、緊張するなと言っても無理無理。

セリフはいつになく入念に覚え中国人らしい〈役作り〉までやって現場にいったのだが……。

「大杉さん、演技とかいらないから……普通に喋ってくれていいですから」

泉谷監督の最初の言葉はこうだったと記憶している。

〈演技はいらない〉

それまで経験していた映像の現場では、常に演技することを求められた。与えられた役を演じ切ることが俳優として大事だと教わった。にもかかわらず泉谷さんは〈演技はいらない〉という。その言葉は、ぼくにとって衝撃だった。彼の本意はどこにあったのかわからないが、その言葉は今もぼくの中で生きている。演ずることとはどういうことなのか、それは演じ続ける中にしか答えはないのだろう……そう考えるようになったのも泉谷さんのあの言葉があったからだと思う。

 

その出会いから数年後、今度は泉谷さんにとんでもないお願いをすることになった。ぼくの所属していた劇団スタジオのオープニングでライブをやりたいと考えたのだ。本来演劇のための小屋なんかで泉谷さんがやってくれるはずはないという意見もあったが、それ以上にライブを熱望する気持ちが勝っていた。

そして、無謀を承知の直接交渉。

「あのぉ、ライブをやっていただきたいのですが……ぼくらは音楽にはまったくの素人です。でもスタジオの柿落としとして是非やっていただければと……それも三日間! 予算も小屋も大きくありません。でも望む気持ちだけは大きいですから!」

「わかりました。やりましょう!」

即答だった。細かいことは一切なかった。ぼくらのような海千山千の拙い望みに快諾してくれたのだ。

そして、連日超満員の怒涛のライブ!

ぼくは、あの日を忘れない。噴出す汗、しゃがれた声、倒れそうにつんのめりながらも自分と観客に叫び続けたあの日の泉谷しげるを!

そして今、泉谷さんがぼくの目の前にいる。

「明日よぉ、岡山でライブがあってよ。このくそ暑いのに野外なんだよ……次の日が広島でよ」

こんな言葉が思いうかぶ。

〈泉谷さん、一生唄い続けてください〉

鮮烈なデビューから聞き続けている一ファンからの願いだ。こんな表現をすると泉谷さんは嫌がるだろうか。

〈変わらぬ男が、虚飾なくむきだしのままここにいる〉……と。

そして夏、ライブで泉谷さんの歌を二曲唄わせていただく。誰に向かって唄うのか……。

そんなこと言えるはずもない。

 

「音楽と人」2004年9月号掲載