ことば

COLUMN

第32回「贅沢な弱音」

仕事はボチボチやる。まあ、実際ボチボチやっているし、ボチボチやっていくのが一番だと思っている。たとえ仕事がボチボチといかなくても、それを引き受けた以上は弱音も吐きたくない、吐いてはいけない、それに吐いたってどうなるものでもない。やらなければならないことはやる、そんなことはよ〜くわかっている。当たり前のことだ。しかし今回だけは弱音を吐く、吐いてみる、高らかに吐かせてもらう! そして、すっきりするのだ。誰がって……もちろん、ぼくがだ。

〈げげげぇぇ限界だぁぁぁ!!〉

 

ぼくは、以前に仕事場で二回ぶっ倒れたことがある。一回は、大地震が来たのかと思うほど地面が揺れる感覚に襲われそのまま倒れた。もちろんその大地震はぼくだけのものだった。二回目は、スタジオから直接救急病院に搬送され気がついた時には目の前に家族がいた。二回とも医者は「単なる過労ですから点滴を打ってぐっすり寝れば治ります」と診断を下した。そして、ぐっすり寝たら本当に元通りの身体になった。年齢の割には、基礎体力はあるのかなと思う。そんな身体に生んでくれた母やそれに加担した父にも感謝している。と言っても過信は禁物であることも充分わかっているつもりだ。

 

いやいや8月9月は〈倒れる時間もなかった!〉それが実感だ。

振り返る時間などない。自分の目の前にあることをやり終えるだけ……。

映画とドラマを同時進行に行ったり来たりする。つまり〈掛け持ち〉という状態。

90年代初頭のVシネマ全盛期から同時期に何本かの作品を抱えている状態には慣れているつもりだ。最高一ヵ月でVシネマ8本の掛け持ちということもあった。うち6本はヤクザ物・あとの二本はお色気物。刺青と裸を繰り返す日々だった。しかし、今回の掛け持ちはそれ以上だった。いやいや尋常ではなかった。四六時中ぼくと行動を共にしている現場マネージャーのタフネス大輪嬢の目にもはっきりとクマが出ていた。以前は、〈脇役〉といっても本当に2・3シーンで終わる役が多かったものだが、最近は明らかに出番が多くなりつつある。かといって俳優としてのスタンスが特別変わったというわけではないし、相変わらずの〈現場者〉なのだが……。

いっそのこと倒れたら点滴も打てるしぐっすり寝られるし楽だろうなぁ、倒れちゃおうかなぁ、そんな甘い考えが浮かんだのも事実だ。しかし、そんな考えが通用するほど世間が甘くない。多くの人に迷惑をかけることも重々承知だ。そして監督は冷静に言う、「漣さん、倒れるんだったらこの現場が終わってから倒れてくださいね」。

モノを作る現場とは、そういうものなのだ。

事務所からこんな電話も入った、「大杉さん、生きてますかぁぁ!?」。

 

イヤイヤ、ご理解いただけただろうか。ということでオイラの史上最大ハリケーン状態はやっと過ぎ去り、現在は弱い熱帯性低気圧の勢力となっている。そして、ぼくは倒れることもなく相変わらず生きている。物事って妙なものでその時は「どうにもならないよ!」と思っても、後になったら「あれ、どうにかなってる」って感じるんだ。たとえば膨大な台詞があって「こんなの絶対2日間で覚えられるわけないでしょ、無理無理」と思ったとする。でも覚えてしまうんだ。普段集中力ある人生なんて送ってないのに、なんというか追い込まれた人間の馬鹿力みたいなものだろうか。結局、現場で怒られたくないんだろうな。

恐ろしいかな、たまに夢で見るんだ、監督にひどく怒られている夢を。

「大杉さん、なにやってるんですか! セリフぐらい覚えてきてくださいよ」

ああ、ぼくの俳優人生もこれで終わりかって……そりゃそう思うでしょ。

恥をかく仕事なのに恥をかきたくない。怒られる立場なのに怒られたくない。自分は自分だと考えているのに人の目を意識している……厄介だが本当のことだ。

おそらく先の時間への〈不安〉なんだと思う。今のところ仕事がある。忙殺ということもある。「大変だ大変だ!」と言いながらもそんな状態を楽しんでいるフシもある。だから弱音を吐くなんて単なる贅沢に過ぎないのかもしれない。

たまにTVでサスペンスドラマや映画の再放送を見ると「ああっ、こんな俳優さんいたなぁ。今どうしているのかなぁ」なんて思う。いつかぼくもそうならないとは限らない。俳優とは、そういう仕事なんだと覚悟もしている。オファーがなければ現場に立つことは出来ないのだから。

 

オットなんだよ、夜が明け始めている。窓外を新聞配達のオートバイが通り過ぎて行くではないか。カラスも鳴きはじめた。少し仮眠をとろう。だって今日はこれから〈鰯クラブ〉のサッカーの試合がある日なんだ。ゆっくり寝た方がいいに決まっている。でもね、ここで挫けて行かないとすると凄く後悔があると思うんだ。だって出かけないと味わえないんだから……だからサッカーの試合に行く。

撮影現場で倒れること、もしくはサッカー場で倒れること……どっちが本望かは教えるわけにはいかないぞっと!

 

「音楽と人」2004年11月号掲載