ことば

COLUMN

第33回 「納屋と木」

映画の撮影で種子島に来ている。

こんなに長く東京を離れるのは久しぶりだ。映画「船を下りたら彼女の島」の時は、愛媛と東京を何回も行ったり来たりの状態だったが、今回は撮影が終わるまで種子島にいる。

連日島内のロケーションが続いているのだが、十月とは言えあなどることなかれ島の日差しは厳しく、ぼくは色黒なおじさんに変身しつつある。

しかし、今日は撮影が中止になったのだ。

超大型台風23号直撃!

ホテルの窓に雨と風が叩きつけられ、建物全体が揺れている。錯覚ではなく本当に揺れている。こんな時はNHKの台風情報だ。

「ええ、現在の鹿児島・西之表の様子です」。地元アナウンサーが言っている。

えっ、おいおい西之表ってここじゃないか。それもどこかで見覚えのある建物。ああ、テレビには滞在しているホテル前の姿が映し出されていたのだ。

不謹慎だが、なんだか「やったぁぁぁ!」って気持ちになった。今ホテルを飛び出してテレビカメラに向かってVサインなんてやったら、そして「ぼくはぁ、今ここにいます! 元気に過ごしています! 凄いでしょう、台風は今ここにいるんだよぅぅぅ!!」なんて叫んだら……間違いなく非難されるんだろうな。こんな早朝に台風で異常に高揚している自分もどうなんだろうと思うけど、冷静さも確実に追い立てられているのだ。

 

そう、台風はぼくにとって子供の頃から馴染みのある自然災害だった。

四国で生まれたぼくにとって、台風直撃は何度も経験していることだった。

「あなたにとって、台風とは?」と聞かれたら「はい、父です」と答えるだろう。

それは40数年も前の話だ。なんだか40数年なんて書くとすごい昔なのに、つい最近のことのように感じられるのも不思議なものだ。

台風の夜、父はぼく達をたたき起こした。

「おい、洋・信・章・孝! 起きぃぃ! お前らちょっと手伝え!!」

父が顔を紅潮させそう叫んでいる。

「どないしたん? 父さん?」

「納屋が……流されそうなんや! 手伝えっ!!」

寝巻きのまま父と子供たちは外に飛び出す。裏にある勝浦川が決壊し水はすでに膝上まで来ていたのだ。風雨荒ぶる中……。

「ええか! このロープでそこの納屋と木を結ぶんやぁぁ」

ぼくたちは、言われるまま父の指示に従った。納屋と木は太いロープで結わえられた。

「よっしゃ、これでええ。これで安心や!」

父の手のひらから血が滲んでいたのを今でもはっきり覚えている。普段は寡黙な父なのにその時ばかりは〈男〉を感じた。

そして台風一過の翌朝。空はどこまでもその青を広げていた。そしてその時だ。外から父の声が聞こえたのだ。

「マァ! マァ!(注・母は昌子と言い、父は母をこう呼んでいた)。ない、ないんや!」

ぼく達もその父の声で寝起きのまま外に飛び出した。

「父さん、どないしたん。あれっ……なくなってるやんか!」 長兄の洋が叫んだ。

そう、深夜太いロープで苦労して結わえたはずのあの納屋がそしてあの大木があるべき位置になかったのだ。

「お父さん、あそこ……」と母は指差す。

家からはるか先に納屋と木がロープに結わえられたまま、まるで相思相愛の恋人同士のようにぐちゃぐちゃになって横たわっていた。

「やっぱり自然の力はすごいなぁ……」そう母がポソッと言った。

父は黙って家の中に入った。

これだけのことだ。これだけのことなのだが台風の時になるといつもこのことを思い出すのだ。

 

そして今は、種子島だ。相変わらず風も雨も容赦なく窓を叩き続けている。そうそう、皆さんは知っていただろうか。種子島は〈サーフィンの島〉だということを……。今回の映画はそのサーフィンを題材にしたものだ。妻に先立たれ娘と二人暮しの父。早期退職したその男(ぼく)は、若い頃憧れたことのあるサーフィンをやろうと決心し、種子島を訪れる……。

もちろんぼく自身サーフィンはやったこともない。超ビギナーなのだ。映画のラストでロングボードに立つまでを吹き替えなしでやらなくてはならない。正直怖さもある。ぼく自身が、40数年前に流されたあの納屋と木のようにならないことを今は願うばかりだ。

いい作品になりますように……。

 

「音楽と人」2004年12月号掲載