ことば

COLUMN

第34回「普通の人々」

映画『Life on the longboard」の撮影が終わった。

他の仕事は一切なし、これ一本の一ヵ月だった。ゆったりとモノを創る時間がそこには流れていた。久しぶりに〈一本の作品のことだけを考える時間〉を過ごすことが出来たような気がする。そして、そのほとんどは鹿児島県種子島でのロケだった。

すでに映画の撮影は終わったにもかかわらず種子島について今でも考えている。いや正確に言えば種子島の人々について考えている。彼らと過ごした時間が蘇ってくるのだ。

今ぼくの頭にこんな言葉が浮かぶ……〈人が普通に生きる、生きている〉。

 

「人口は四万人、この島は外から来る者に対して寛容な気持ちがありましてね、人も物も拒まないというか……これまでの歴史もそうなんです。ほとんどは県外者でしてね、ここに定住される方も多いんですよ。こちらで結婚して子供をもうけ仕事をやっておられる方もたくさんいます。現在約300人のサーファーの方が住んでおります」

そう説明してくださったのは、種子島・西之表市の市長さんだった。偉ぶることもなく日焼けした穏やかな表情で彼は最後にこうつけ加えた。

「なんでもない島ですが、人はいいです。まあひとつ映画がんばってください。島も応援しておりますから……」

なんもない島と潔く言い切る市長さんだったが、心から島を愛しているという気持ちがその言葉から伝わってきた。

 

総勢45人、文字通りの合宿映画。

寝ても起きてもスタッフ・キャストと一緒に過ごした。プライベートな時間なんて殆ど持てなかったが、どうやらぼくはそういった〈グループ行動〉というものを好む体質にあるようだ。仕事はもちろんのこと趣味のサッカーチームしかりバンド活動しかりだ。ひとりで時を埋めていくより誰かと時を過ごす方が楽しい、もちろん〈孤独である〉ことも大切なのはわかっている、わかった上での〈グループ〉なんだ。

明日は早朝のロケがある、だから早く寝たほうがいいに決まっている。そんなことはみんなわかっている。だけどお馬鹿に語り飲みたいのだ。東京の瀟洒なスタジオ撮影では味わえない時間がそこにはあるから……。

「大杉さん、いよいよ明日はサーフィンシーンの撮影ですね。うまくいくといいですよね」

「だってサーフィン初めてだし、そう簡単には乗れないって……うまくいくといいんですがね」

練習で何度かやってみたのだが、予想通り見事に波に飲まれてしまい大量の海水を飲む羽目となった。ボードに頭をぶつけ痛い思いを何度も経験した。結局練習では一度もロングボードに乗ることは出来なかった。くやしいが出来なかった。監督はじめスタッフも不安だっただろうが、それ以上にぼく自身がプレッシャーの大波に飲まれていた。なんでぼくがロングボードに乗れなければ作品として成立しないのだから……もう逃げることも隠れることもできないのだ。

 

翌朝。

空はどこまでもその青を引きずっている、波はビギナーのぼくには程よい高さを見せている。つまり絶好の撮影日和なのだが……。

「大杉さん、いよいよですね」

監督の喜多さんはいつものように笑っている。スタッフも淡々と持ち場の準備をしている。そして、ぼくはといえば明らかに緊張していた。それは俳優としての緊張ではなく53歳の男としての緊張だったような気がする。その時だ、民宿兼サーフィンショップ・オリジンの代表かっちゃんが真っ黒い顔で微笑みながら声をかけてきた。

「大杉さん、大丈夫ですよ。楽しんじゃえばいいんですから。初めっから波乗り出来る人なんていないし気楽に行きましょう。みんなそうなんです、失敗して失敗して出来るようになるんです」

気どりのない言葉が、固まった気持ちと身体をほぐしてくれただろうか。

「じゃあ、行ってみましょう。キャメラ回していきます、本番ということで……」

ぼくは70年代の重いビンテージのロングボードを海に浮かべた。

楽しんじゃえばいい……か。

「じゃあ本番行きます。ヨォォォイハイッ!」

 

映画の撮影を終え今は東京にいる。いつものようにドラマの撮影をやっている。

そして時折思うのだ、種子島で出会った人たちのことを……ぼくらのようなよそ者を普通に受け入れてくれた心優しい人たちのことをぼくは考えている。普通に生きる、生きている人たちがそこにはいるのだ。きっとこの瞬間もいつも通りに過ごしているのだろう、仕事して波乗りして……。

島を離れる時にかっちゃんがこう言った。

「大杉さん、今度は仕事じゃなくプライベートで来てください。待ってまーす」

必ず行く、行って楽しんでやると心に決めている。

そして、ぼくの公式プロフィールの趣味の欄には小さく〈サーフィン〉とつけ加えることにした、生意気だがそうする。もっと言おう、趣味から特技になることを願っているのだ。

 

「音楽と人」2005年1月号掲載