ぼくは、スタジオよりロケーションでの撮影の方が好きだ。
どうも長い時間密閉された建物で撮影をしていると気持ちも身体も重くなる。この季節、どんなに寒くってもやっぱり外だ。外の空気に触れること、そして季節を感じること、これが好きなのだ。
先日放映されたドラマ「離婚弁護士SP」でのことだ。
話の設定は東京とニューヨークを舞台にしたものだった。ぼくの演じる芸能マネージャー役もその出演シーンの半分はニューヨーク。
そうかニューヨークか。今はきっと寒いぞぉ、よしグラウンド・ゼロには絶対行くとしよう、ソーホーにある〈ラ・ママ〉という劇場は今もあるんだろうか、そうそうチャイナタウンの愛想のないオヤジさんがやっている飲茶美味かったな……すでにぼくのニューヨーク妄想旅行は始まっていた。ええっと、いつ以来になるんだろうかニューヨークは……そうか劇団の頃だから20年ぶり!
「ああ、大杉さん。ええっと……今度の離婚弁護士のことなんですけど」
事務所の高岡さんからの電話だった。
「ああっ、はいはい。パスポートはもう用意してあるし……きっと寒いよね、ニューヨーク! 20年ぶりなんですよ、高岡さん」
「ええっと、そのことなんですけど……ロケありますよね。でもニューヨークに行かなくて済みますから……はい」
「えっ、済みますって……だって舞台はニューヨークでしょ、えっ、どういうこと!?」
「ええ、ですからニューヨークに行ったつもりで……いや、本当はニューヨークなんですけども……実際撮影は……ええっと、東京近郊でやるということなんですね」
「ことなんですねって……あれっ、ちょっと待ってください。つまりぼくはニューヨークには行かない……いや、行けないということなんでしょうか」
「まあ、そうです。東京での撮影で済みますから……ニューヨークみたいなロケ地を東京近郊で捜して、そこで撮影はやりますから……はい。今はそういうことが可能なんですね」
その時のぼくの気持ちはこうだ。明日の遠足は中止です! ちょっぴりすねた子供的中年がそこにいた。
〈行きたかったのになぁ、ニューヨーク〉
そしてオンエアを観た。とても素敵な仕上がりだった。
そして、ぼくの演じた男は間違いなくニューヨークに立っていた。窓外の景色はまさにマンハッタン! 技術の進歩と言ってしまえばそれまでだが……恐るべしデジタル合成!
後日、ドラマを観た友人がこう言った。
「漣さん観ましたよ、仕事とはいえ羨ましいなぁニューヨークなんかに行けて。何日間ぐらい行ってたんですか。この時期寒かったでしょう」
なぜか咄嗟に小さい嘘をついてしまった。
「うん、寒かった……かな……」
スマン、あのね本当はオイラ、ニューヨークに行ってなんかないんだぁぁぁぁ!
そして、そしてだ。よりによってこんなことを今の今思い出してしまった。こんな経験は、今回だけではなかったのだ。
そうそう映画だ。確かあれは映画だったんだ。主人公の女性の亭主役だったと思う。ああっ、蘇ってきたぞ。スペインだ! そうスペインの地方ロケ……スペインと言えばエスパニョーラ・サッカー! 本場のサッカーをこの目で観るんだ、生で観ることが出来るんだ……そんなことを考えたに違いない。ええい面倒だ、結論を言っておこう、オイラは、スペインには行かなかった!
冗談のような本当の話、あれは紛れもなく東京・渋谷のスペイン坂での撮影だったんだ!
「ええっと、ここはスペインですから……スペインのつもりで……その気持ちを作ってお願いします」
無理無理どう見たってどこから見たってここは渋谷だもん! あとの撮影は千葉にある土地成金の建てたなんとかヒルズという場所だったと思う。しかし、厄介なことだが仕上がった作品を見るとぼくは間違いなくスペインの男になっていたのだ。
嗚呼……思い出してしまった。
今年もきっと数多くのロケーションを経験することになると思う。そして、大いなる〈アウトドア俳優の現場者〉として過ごしたいと願っているのだ。
ぼくはめげない!
「音楽と人」2005年3月号掲載