ことば

COLUMN

第43回 「へそ曲がり」

蝉は狂っていないのに

狂ったように蝉が鳴いていると

人は言う

蝉は狂っていないのに

 

どうしよう、こんな書き出しになってしまった。この後どうやってつなげればいいのか。とにかく書き出してしまったからには仕方がない。気持ちの赴くまま今回は、いや今回も〈ライヴ書き!〉ということで突き進むことにしよう。

 

毎月一回のこの連載、もう何年書かせていただいているのか。たかが月一回コラム、簡単でしょう。だって時間があるときにゆっくり書けばいいのだから……イヤイヤそれがねえ、いざ時間がある時は書く気にならず大半ブラブラしながら遊んでいるし、パソコンに向かう時は概ね締め切りギリギリ……おまけに折角の節煙もかつてのチェーンスモーカーに逆戻り。「鳴呼、健康か! 原稿か!  それが問題だあ!」。まあそうは言ってもそういう状況の生みの親は、オイラにあるわけだから誰かを責めるわけにもいかないし、ちょっとね、言訳つけて甘えてみたいわけです。しゃきっとせんかい! 大杉漣!!

 

「例えて言うなら、まあオリンピックかW杯やねえ」

 

いきなりなんのことだか……まあ早い話、四年に一回ということですわ。

考えてみると1988年・劇団解散から17年、そのほとんどは映画やドラマといった映像中心の仕事だった。しかし、これが舞台の仕事となるともう数えるばかり、太田省吾・竹中直人の会・遊園地再生事業団・岸田理生……。

 

もちろん舞台のお誘いもいただく。商業演劇から小劇場までその幅は広い。

友人知人の舞台を観て、「ああやっぱり舞台はいいなあ。オイラもやりたいなあ」と思うこともある。

映像とは違う〈後戻り出来ないライヴな緊張感〉も嫌いではない。

なのにオイラは、それらお誘いのほとんどを断っている。たとえ主演であろうと断っている。

 

「大杉 漣は、こと舞台となると厳しい選択をする」と言われたこともある。

 

そりゃ、華やかな大きな舞台でやるのも楽しいかもしれない。いやオイラの性分からするとそれなりに楽しんでしまうと思う。しかし、今は出かけたくないのだ。誤解なく言っておくが映像だけにこだわっているわけではない。舞台へのこだわりも持ち合わせているつもりだ。

 

かつてオイラの所属していた転形劇場は、〈沈黙劇〉という過激で独特な表現方法を選んでいた。二時間の上演中、一言の台詞もない舞台。もちろん舞踏でもパントマイムでもない、それはまぎれもない演劇行為だった。演者も観客も沈黙のまま、二時間を共に過ごす。観客にとっては、〈観劇〉というよりも特別な〈体験〉だったと言ったほうがいいのかもしれない。〈沈黙〉に耐え切れず、公演中に声を発する観客もいた。「頼むから喋ってくれえ」「なんで……なんで何も言わないんだぁ!」……そりゃあ観客としての気持ちも充分理解できる。しかし、仕方がないのだ。ぼくたちの演劇は、そういうものだったのだから……。

 

転形劇場は、国内では〈アングラ〉国外では〈サイレント・シアター〉と呼ばれた。沈黙の演劇、そんな特殊なメソッドを持つ舞台をオイラは15年間やった。もちろん自分の意思でやっていたのだ。しかし、劇団は解散し、オイラは一人になった。そして、一人になって映像の世界にのめり込んだ。15年が長いのか短いのか、オイラにはわからない。しかし〈ものを創る姿勢〉は、その間に養われたといっても過言ではない。集団の中でいながらも一人を生きる、生きるしかない……気持ちの悪いサロン的な雰囲気は皆無、舞台でのつきあい以外何の干渉もない集団だった。

 

オイラのへそは曲がっている!

 

時折、オイラは自分のことをそう感じることがある。

たとえ友人知人の舞台を観に行ってもオイラは楽屋には行かない。たとえ無理やり連れて行かれても申し訳ないがすぐに帰ってくる。観終わった後をひとりで楽しみたいのだ。

 

「いやあ、××ちゃん! お疲れえ、いやあ、良かったねえ今日の舞台! 綺麗だったよお」……イヤイヤほんと勘弁して欲しい! そんな会話をするために出かけるなんてまっぴらだ! よくサッカー好きの俳優が、Jリーガーの誰々と友だちでメールのやり取りなんかしてるんだけど……なんて聞くこともあるが、オイラはそんなことに全く興味がない。たとえ好きなサッカー選手がいたとしても友達になりたいとは思わない。ただサッカーの試合を観ればそれだけで事は足りているのだ。

 

ええっと言っておきますが、オイラは人嫌いではない。むしろその逆、とても人好きである。

甘えん坊のくせして、へそが曲がっているだけ、それも結構頑固に曲がっているのだ。厄介だが事実である。

 

2002年に太田省吾さんの舞台をやってから三年が経つ。あと一年の間でオイラは舞台に立つことがあるのだろうか。そして、相変わらず曲がったままのオイラのへそは少しでも真っ直ぐになるのだろうか。しばらくは曲がったへそとの根競べが続きそうだ。

 

また、蝉がいつものように鳴き始めた。さてと、一日の始まりだ!

 

「音楽と人」2005年10月号掲載