ことば

COLUMN

第49回 「思春期オヤジ」

怖いと思う。

そんな気持ちがここにある。

 

2001年から始めた徳島でのライヴ。

「なんの策略もなく無防備にそこに立つ、取りあえずそこに立ってみる」

水は流れる、その流れに沿って身を委ねてみた。それ以外にぼくには何の手立てもなかったのだ。能天気な行き当たりばったり!

50のオヤジが勇み足で購入したアコースティックギター、そして教則本との格闘の日々。取りあえずは自分で演奏をして唄う、人前で唄ってみる……そんな小さな望みだった。

俳優という仕事で人前に立つことを生業にしているにもかかわらず、なぜ歌をやりたかったのか……理由なんてどうにでもなる。理由を探していたわけでもない。大事なことは、そこに立ち、唄うことだったのだ。恥の船旅は承知の上だ。

 

そして、今年で五回目となる徳島でのライヴ。

チケットもすでに発売され、地元の友人たちが〈ゴンタクレ実行委員会〉の名の下にサポート体制を取って準備を進めてくれている。県内のみならず県外からも多くの方が足を運んでくれる。あとはぼく自身がしっかりと準備をすればいいことなのだが……。

 

おそらく気持ちの整理などというものはつかないだろう。現在のぼくの気持ちをうまく言葉で表現することも己の力及ばずの心境であるし、ウーンなんと言っていいのだろう。

モヤーとしている、いや違うなぁ、ぼんやりと見える月の如く……いやいやそれでもないなぁ……なんだよぉ大杉ぃ! 何が言いたいんだょ!! いやまあ、これは実際ぼくの現在の心境であって、人様にとってはどうでもいいことなんだけど……とにかく明確ではないぐちゃぁーとした気持ちがそこにあるのだ。つまり、2006年2月某日、大杉漣はぐちゃぁーとしとるわけです。

 

そんな気持ちの中、近所の音楽スタジオに行く。自転車に乗って、肩にギターを背負って、ひとりでぶらりと……行く。

「大杉さん、おひとりですか」

スタジオで働く人に声をかけられた。

「ええ、ひとりです」

「ライヴの練習ですか。大杉さんはどんな歌を唄われるんですか」

「ええっと知ってるかなぁ。70年代のフォークなんだけど……加川良さんや友部正人さん、あと三上寛さんの歌をカバーして」

「ああっ、70年代……フォークですか」

休憩室の溜り場で多くの若いミュージシャンたちが、煙草を吸いながら音楽を熱く語っている。その中のヘビメタ君が「オイ、あれ大杉漣じゃん……へぇ音楽もやるんだぁ」と小声で言った。なんだか恥ずかしくなった。音楽をやっているなんておこがましくて言えるわけもない。ぼくはね、単にやりたがっているだけなんだ。休憩室の鏡にぼくの全身が映っている。銃ではなくギターを背負った出征兵士のような54歳のおっさんの姿……。

誰彼なく聞いてみたかった。

「どうですか、僕はぐちゃぁーとしてますかぁぁ」

 

エレアコのシールドを差し込み、マイクを調整し、譜面台に楽譜を置いてみる。さあ始めようか。そして、70年代フォークってやつを唄い出そうじゃないか。急激に襲ってくる怒りのような悲しみのような……ぼくはなにをしようとしているのか! なにがしたいのか!

昔たどった己の思春とやらか、所詮オヤジの趣味じゃねえかぁ、気取ってんじゃねえよ! 加速する自虐……結果、まともに唄の練習をすることもなく過ごした二時間。それはそれでいいのだ。

フォーク・ロック・パンク・歌謡曲……なんだっていいんだ。

確かなことは、自分のどこかに引っかかってしまった言葉たちがいるということ。

何故引っかかったのか、問うことはない。あいまいが悪いとは思ってもいない。

2006年3月18日、怖さを抱え無謀を承知で人様の前で……ほくは唄う。

 

「音楽と人」2006年4月号掲載