ことば

COLUMN

第63回「隅の映画」

日本映画は年間どれだけ製作されているのか、詳しいことは何も知らない。

ぼくの立場でそれを知るよしもないし、知ったからと言ってなにかが変わるわけでもない。

ただここ何年か製作本数が増えているらしい。そして、その反面公開出来ない映画もたくさんあるのだと聞いた。

 

今年の春、一本の映画が公開された。

連城三紀彦原作・門井肇監督作品『棚の隅』。ぼくが主演を務めた。

製作予算500万円。撮影日数2日。神奈川県相模原市オールロケーション。

胸を張っての自主映画だ。

監督の門井さんは、この作品で長編デビュー。

ぼくがなぜこの映画に出演したのか、そのきっかけはこうだった。

 

何年か前、ある映画学校に特別講師として行った時のことだ。講師といっても映画論や演技論について専門的な話をするわけではなく、ぼくが普段撮影現場で感じたことや学んだことを自分なりの言葉で話させていただいただけなのだ。

講義も終わり、そのまますぐ帰ればいいものをオイラの性分として折角の一期一会を暫しの時間、居酒屋へと持ち込むのはごく自然のことだった。

これから映画を目指そうとしている彼ら彼女らの言葉や眼差しから学ぶことは、現場にいるぼくにとっても刺激的だったりするのだ。

そのなかの何人かの方がぼくにこう言った。

「大杉さん、映画撮る時には出演してくれますか」

「いいよ」

いつものことだが、こんなに簡単に答えてしまう自分ってなんなんだろうか。

 

そして去年、門井監督の丁寧な出演要請の手紙と共に一冊の台本が事務所に届いた。

「大杉さん、門井さんという方の映画に出るって約束されました?」

「門井さん? いやぼく、記憶にないなあ」

「でもお手紙には、居酒屋で大杉さんに快諾していただいたって……書いてあります」

「ええっと、居酒屋でしょ……約束……ああっ、もしかしてあの時の」

ゆっくりとおぼろげな記憶が立ち上がってきた。

「ああっ約束……したかも知れない……です」

 

その数日後、その作品のプロデューサー・小池和洋さんに会うことになった。

「はじめまして、小池と申します」

彼は自分の足首をつかむ勢いで体を大きく折って挨拶をした。サラリーマンスーツに運動靴、そして暑くもないのに異常に汗をかいていた。

「大杉さんに是非この映画に出演していただきたいと……大杉さんなくして……決意という名の……わたし会社辞めましたあ……相模原のおもちゃ」

もうなんだか彼の言葉は無茶苦茶だった。

しかし、微笑んではいるが彼のその目は真剣そのものだった。

要約するとこうだ。出版社に勤めていたのだが、映画製作の夢を実現するために定職も捨てた。相模原市の全面協力も得ることが出来た。あとはぼくが出演を承諾するかどうか……だった。

それまでお会いしたプロデューサーの方とは全く違う印象の小池さん。プロではないが、ものをつくりたいという気持ちだけは痛いほどこちらに伝わってきた。

確かに変な人という感じはあった。しかしこうも感じたのだ。

「この人は信用出来る。嘘はつかない人だな」

即決だった。

「小池さん、出させていただきます。よろしくお願いいたします」

 

そして去年の夏、撮影は無事に終えた。

タイトなスケジュールだったが、充実した時間だった。多くの若いスタッフがこの映画に参加してくれた。その中には映画の現場は初めてという方もいた。元気な現場、そんな印象だった。

クランクアップの日、小池さんはあの軟体動物のような挨拶をぼくにした。彼は泣いていた。子供のように泣いていた。そして、彼の運動靴は摩耗し靴下がつま先から見えていた。

 

年間何百本という映画があり、この『棚の隅』もその内の一本に過ぎない。

しかし、この映画に関わったスタッフ・キャストにとっては大切な大切な一本の映画なのだ。

幸いにも『棚の隅』は単館上映ではあるが、今後も全国で順次公開が決定しているらしい。

たかが制作費500万円の映画かもしれない。しかし、その志だけはどんなに潤沢な予算がある映画にも負けない精一杯の気持ちを込めたことだけは、書き留めておきたいと思うのだ。

「音楽と人」2007年6月号掲載