ことば

COLUMN

第70回 「イヌジ」

ぼくは、これでいいのか……そう問うてみた。

うん、これでいいよ……とは誰も答えることはない。これからもないと思う。

だからぼくは、これからも問う……これでいいのかと。

オイラ別に禅問答をしているわけではない。

56歳にもなって、なにもわかっていない自分がいる。

あるかないのか判然としないオバケみたいな自己というものに、ぼくはこれからも振り回されるのだろう。

 

ああっ、なんだかやけにマッタリとしている夜。

こんな時は無理に元気になろうなんてしない方がいいんだ。

ただマッタリとしていればいい……そして今夜は、大陸からの寒気で相当冷え込むらしいんだ。

石油ストーブのヤカンが湯気を立てる……妙に切なく思えることもあるものだ。

 

そう、11月10日に今年最後の東京ライブも終わった。といっても岩手・徳島そして東京の三か所しかやっていないのだが……とにかく無事に終えることが出来た。

阿呆みたいな当たり前のことだが、ライブとは生き物だと改めて感じた。

構成も曲順しか決めない〈出たとこ勝負!〉……楽しかった。そして、出かけてくださった皆様に感謝です。

 

東京初ライブの会場は、練馬〈スタジオPAC〉だった。そこは、ぼくが以前所属していた劇団の元稽古場だったところだ。19年前に劇団が解散し、現在はあらい汎さん率いるパントマイム劇団の拠点となっている。ぼく自身劇団解散以後、スタジオに訪れることはなかった。19年ぶりの……原点回帰?

渋谷とか新宿ではなく今回の東京初ライブをあえてここでやろうと決めた理由は、ただ一つ。今年七月に劇団の主宰者だった太田省吾さんが他界されたからだ。多少なりとも太田さんへの供養になればという願いもあった。

 

ええっとですね……平均するとぼくのこれまでのライブ所要時間は三時間以上だったらしい。

らしいというのは……ぼくの感覚では二時間ぐらいかなと感じていたのだが、それは大間違い。

今回の東京ライブも制作・アルタミラ・ミュージックのMさんからこう助言されていた。

「大杉さん、今回は客席の都合もありまして……出来れば二時間ぐらいで終わりたいですね」

口調はやさしかったが、目は笑ってないぞっと。

「わかっていますよ、Mさん! 客席も椅子じゃなく桟敷なので……お客さんのためにも二時間ぐらいでね……MC少なめに、ハイッわかってますよ!」

目標! 休憩なしの二時間ライブ……そして、開演。

滑り出し……歌を中心にトントンと進んでいった。そりゃあMCもほとんどなしだもの、トントンといくはずだ。前半の予定曲を唄い終えたところで所要時間45分……この分だと二時間を切る勢いかな? しかし、ウーン……なんだかいつもと勝手が違うというか、トントンといくのだが……イマイチぼくの中で物足りなさを感じていたのも確かだ。だってライブなんだよぉ! プロじゃあないんだからさぁ! 好きにやろうよぉ!  自分たちが楽しんじゃおうよぉ!

「ええっと、今日はあまり喋らないでやろうと思っていたのですが……やはり喋りますね(客席笑)……年齢がいくと話が長くなるものだから……なるべく短く……ええっと今から10年前だったかなぁ……サブ監督の映画『ポストマン・ブルース』の現場での出来事です! サブ監督・堤 真一さん・そしてぼく……のどかな昼休憩……場所は神奈川の○○でしたかねぇ……小さい港町です。なにかね、ふと、こちらを見ている視線のようなものを感じたんですよ……距離にして十メートルぐらいかな……あれっ、犬? いやぁ違う! 羊? ……ええっ、なに!? あれっ、なに……」

「無表情でこちらを見ている奇妙な生き物がぁ……きみは何者ですか……顔は間違いなく犬!なのだが、身体はどこから見ても羊! きみっ誰っ??? ……その時でした、その生き物の背後からテンガロンハットの老人が登場したのです! そして、老人は微笑みとともに静かにこう言いました。見ましたね、見ましたよね、いいですか、だれにも言わないでくださいよ……これは……これはね……〈イヌジ〉と言います!」

「イヌジですかぁぁ!?」

「ええっ、犬と羊がやっちゃいましてね……生まれたのがこの子なんですぅ!」

「ああっ……だから顔が犬で身体が羊……でっ〈イヌジ〉なんですねっ」

「そうです。でっ、みなさんにお願いがあります。イヌジのことは黙っていてください。大騒ぎになるといけませんから。間違いなくなりますからっ! ぼくたちの中だけということで……信じる信じないは貴方方次第ですぅ!!」

あれから十年、やっと封印を解いたのだ。

そして、ライブの客席は大受け状態。やはりライブはこうでなくちゃあ。

もうこうなっちまったらMさんとの約束もどこ吹く風ってなもんで……堰を切ったように喋り始めた。まあ、これでいつも通りの〈大杉漣ライブ〉になったということです。

結局ライブ所要時間は、通常どおりということでした。ハイッ!

今度はいつライブするなんてなにも考えてはいない。ありがたいことに〈来てよ!〉というお誘いもいくつかある。だが、わきまえることも大切……そういうことです。しばらくは本職に勤しむ。

えっなんだよ、いつの間にか石油ストーブが消えていた。寒波なんだょお!

でさ、この冬、灯油一缶1800円らしいぜ!

このことに関しては〈これでいいのか!〉とは絶対思ってはいない!

なめとんのかぁぁぁ!!!!!

 

「音楽と人」2008年1月号掲載