ことば

COLUMN

第71回 「ギクッ」

22年前、舞台の本番中にそれは突然襲ってきた。

襲ってきたもの……それがなんであるのか、すぐには理解できなかった。

初めての体験だった。それまで味わったことのない痛さだった。

しかも、身動き取れない痛さ……これって。

そう、これがあのギックリ腰!!

 

転形劇場・太田省吾の沈黙劇作品「風の駅」の公演中。

上演時間・二時間半。一言もセリフのない舞台。

僕の出番はちょうど中盤に登場して45分ほど演じたら袖に引っ込み、お役御免という感じだった。ウーン、そうだったのだが……。

舞台には約50トンの砂が積み上げられていた。ちょうど舞台全体が砂でできた月のクレーターのような状態。しかもその傾斜はかなりきついものだった。

俳優にとっては安心して演じることの出来る舞台装置ではなく、むしろ演じづらい場所だったということだ。そういうセーフティーではない場所に俳優を立たせる……これも演出家・太田省吾の考えだったのだと思う。

さてぼくのことだ。舞台に登場して砂の上で暴れ、戯れ、埋もれて、最後に声を発しないで叫ぶ! そして風を感じて去っていく……ただそれだけ……なんのこっちゃと思われるだろうが、本当にそれだけ……ぼくのやっていた演劇とは、そういうものだったのだ。

ドラマのようにわかりやすいあらすじがあるわけでもない、観客は二時間半の〈沈黙〉につき合うわけだから……観るぞという覚悟と強い意志が必要だったと思う。あと五感以上のイマジネーションもね。

その日、ぼくの演技は終盤を迎えていた。

声のない叫び……そしてゆっくりと古い旅行鞄を手にして……舞台を去ろうとしたその瞬間……。

砂に足がすくわれたのだ。

瞬間腰に電気が走った! そして、その場から全く身動きが取れなくなってしまったのだ。

激しい痛み、フリーズした身体!

結局その日の公演では、出番が終わったにもかかわらず袖に引っ込むことなく終演まで舞台上に居続けることとなった。

もちろん共演者も観客もぼくの異変に気づいていた。

 

タクシーで運ばれたのは病院ではなく、新宿の古いアパートの一室だった。

劇団の先輩でやはりそこで〈ギックリ腰〉の治療を受けたらしいのだが、劇的な回復を示したのだという。夜遅くにもかかわらず診てくれるとの事……。

襤褸の舞台衣装のまま担ぎ込まれていたため、畳が砂だらけになっていた。

そこにゆっくりと現れたのは……80歳は超えているであろう、老夫婦だった!

 

「裸になって……横になって下さい」と男老先生が静かに言う。

ぼくは言われるままパンツ姿で煎餅布団に上に横になる。

すると男老先生が女老先生(奥さん)に「押さえとけっ」と低い声で指示を出す。

女老先生はウムをも言さわず年齢を感じさせない恐ろしい力でぼくを押さえつけた。

「うわぁぁぁはあああああああっー!! ふぁいいいっ!!!」

張り裂けんばかりの男老先生の雄たけび!

言葉では表現しづらいのだが、それはなにか特殊な宗教の儀式のようだった。

言われるまま……為すがまま……裸電球の下、ぼくは煎餅布団の上を転がり続けるだけだった。

 

「はいっ、終わりました。ゆっくり立ち上がって……はいっ、立てましたねぇ、いいでしょう……今度はゆっくりでいいですから、歩いてみてください」

ぼくは男老先生の言われるままに歩いてみた……ああっすると普通に立って、ゆっくりだが歩く自分がいた。

信じる信じないは貴方次第……これはドッキリではない、ギックリだぁ!

ぼくはあの夜のことを〈新宿の奇跡〉と今命名することにしました。

 

そして……いよいよ現在だ。

場所は京都の某ホテル。

仕事に出かけようとベッドから立ち上がったその瞬間だった。

ああっあああっ腰に電気が走ったぁ、しかもぉぉ今度はぁぁギクッって音もしたぁぁぁ、すげえっ痛えぇぇぇ!

間違いなくのギックリ腰! だってギクッってほんとに音がしたもん!!

 

とは言っても撮影がある、とりあえず現場に辿り着かなくては……。

ロケ現場では、スタッフも共演者もいつも以上に親切に丁寧にぼくと接してくれた。主演の橋爪功さんは、ご自分のかけられている専用椅子をぼくに提供してくれたんだぁ、深謝!

なんとか撮影を切りぬけ……その足で帰京、東京駅で事務所のスタッフと合流し、直接杉並の某治療院へ……そこは腰痛者の最後のかけこみ寺と言われるところだった。

「大杉さん、左右の手足が10センチ……長さが違ってずれています! ひどいですねぇ!」

〈杉並の奇跡〉が起きたかどうか……またっ今度! ワッハハハハハハッ、ギクッ!!

 

「音楽と人」2008年2月号掲載