ことば

COLUMN

第90回「記憶の日」

なんだかんだいっても 夏は来るんだ

どうだこうだいっても 俺は生きてるし

すったもんだしても ダイタイはなんとかなるってもんだ

わかったかぁ、テメエらぁぁ!!

 

スマン! 今月言いたいことはこれだけなんだ! 今はこれしか出てこないのだ!

 

実のところ今、膨大な言葉たち(セリフ)と闘っている真っ最中。

俳優の仕事は、ただ言葉を覚えるだけのものではなく、覚えた言葉をどう表現するかにあるんだ。

いやぁ、そんなこと言われなくたってわかってる……ああっ痛いほどわかってるって!

しかしっ、これほど記憶の時間を過ごしているのは、これまでなかったかもしれないほどオイラは今いっぱいいっぱいなのだ。

ぼくの特色というか性格上、計画的になにかをすることが好きではないときた!

努力を積み重ねてなにかを獲得するなんて、とても不向きでござりまする!

どれだけ行き当たりばったりで生きてきたかぁぁ!

ある意味それは誇りであるが、反面幾度とない反省・修正を重ねてきたことかっ。しかし改まることもなく今日に至っているわけであって、まあ懲りてないということなのだろう。

だからこそ俳優なのだ……こんな強引な言いきり方をしても、その理解はオイラの中にしかない。

58年生きてきて感じること……人間は適当に生きていいんだ!

学校や社会では、絶対に許されない教訓かもしれないが、適当に生きることに魅力はある。案外適当に生きるって深くて難しいかもしれないんだ。

適当と普通には限りない憧れを持つ今日この頃のゴンタクレです!

 

かなり気持ち的には、ヤバいことになっているのがお解りだろうか。

ああっ、ブラブラと街をうろつきたい!

自転車で行けるところまで行ってみたい!

立ち上がることが出来ないくらいサッカーをやってみたい!

そして、周りもビックリするほど……ゆっくり寝てみたい!

おおーい、大杉ィィ、しっかりせんかい! ほらセリフ、この目の前の膨大なセリフ……どうすんねんっ……ぐちゃぐちゃ言わんと早う覚えんかいっ! おいコラッ、いつまでダラダラしてんねん! 覚えんかったら、恥かくんも迷惑かけるんも、お前やぁ、コラッ大杉……わかっとるんかぁぁ!!

ハイハイ十分わかってます……痛いほどわかってますけど。

舞台なら長い時間をかけて演技の着地点を探ることが出来るが、映像はそうはいかない。

制約のある世界だ。特にテレビは、ほぼ即答の世界なのだ。

 

ぼくの大好きな俳優でMさんという方がいる。すでに故人ではあるが、コメディーからシリアスまでその演技のフィールドは自由自在だった。子供のころから彼の出演する映画やテレビを数多く観てきたし、本当に憧れの俳優さんだったのだ。

まさかそのMさんと共演できるとは思っていなかったのだが、生前一度だけ共演をさせていただいたことがある。

今はなき映画会社・大映が制作したヤクザ映画での現場……Mさんは小さな田舎町のヤクザの組長。そしてぼくは、その右腕で若頭を演じたのだ。

Mさんとの初日……ぼくは、ドキドキワクワクしていた。メークルームでの初対面でのご挨拶「大杉と申します、よろしくお願いします」「ああっMです……よろしくね」……柔らかく静かだが、大物感が漂っていた。

準備を終え他の組員役の人たちと控え室で待っているときだった。Mさんのお付きの方が、「ええっと、大杉さん! ちょっとMからのお願いなんですが、実はMはセリフを覚えてないんで、このアンチョコを大杉さんの腕に貼らせていただけないかと思って!?」

B5サイズの紙に手書きのセリフがびっしり書き込まれていた。Mさんが、業界内でセリフを覚えないということはかなり有名だったのでそれほど驚かなかったのだが、まさかその現場にオイラが遭遇出来るなんてラッキー、こんな体験はなかなか出来ないぞぉ!

撮影現場に行くとぼくを入れて四人の組員が横一列に並んだ。キャメラは組員の背中をなめてMさんの正面を狙うカットを撮るのだ。

助監督さんがお願いされた例のアンチョコペーパーをぼくの胸にガムテープで貼った。そして他の組員たちにも当たり前のようにそれぞれ股間や腕に貼っていたのだ。信じられなかったが一番端にいた組員は顔に長いアンチョコペーパーを貼られたのだ。君はぁぁぁ、香港映画のキョンシーかぁぁぁ!

ものすごく滑降でお間抜けな姿にもかかわらず現場は緊張感があり、撮影はスムーズに流れていった。Mさんがセリフを覚えてないなど、誰一人わからないと思うほど自然で見事な演技だった。まさにプロの技を目の当たりにした瞬間だったのだ!!

イヤイヤだからってオイラはMさんじゃあないし、どうすんの、この現実!?

まさか……泉ピン子さんや瀬戸朝香さんのオデコにアンチョコ貼れるわけないし!

ああ早く秋が来ないかなぁ……じゃあオイラそろそろ言葉の海に行くからさぁ。

みんな適当に生きてればいいっ!!

 

「音楽と人」2009年9月号掲載