ことば

COLUMN

第92回「初入院」

1976年、きっとウダっていたであろう夏!

ぼくは、友人と二人、東京・水道橋にある後楽園球場(現・東京ドーム)にいた。

上京して初めてのプロ野球観戦、しかもそれは人気の巨人戦ではなく、実力のパシフィックリーグ! 新聞勧誘員から貰った無料招待券! 対戦カードなんて……きっぱり忘れた。

なぜ大好きなサッカーでもないのに出掛けたのか……ひとつ言えることは、間違いなく恐ろしく暇だったからぁぁ!!

ぼくたちは、一塁側のベンチ裏に陣取った。といっても球場はガラガラ。どの席に座ろうが文句を言うやつなんてどこにもいなかった。律儀に髪を七三分けしたオジさんは、試合内容に関係なく強烈な野次を飛ばしていた。まるでそれだけが目的であるかのように……。

 

〈ビールはぁいかがですかぁ〜冷たく美味しいビールはぁいかがですか〜〉

おおっこの声は……子どもの頃からお茶の間のブラウン管でいつも聞いていた、あのお馴染みの売り子の声!ではないかぁ……〈ビールはぁいかがですかぁ〜〉

ぼくたちは、速効憧れの名物ビールを頼んだ。

「おおっ……あれっ!?」「どうした?」

「ウーンなんでなんやろ、うまあないんやぁ!」

間違いなく美味いはずのビールが、正直さほど美味くなかったのだ。

野球観戦もそぞろに照明に映える芝生の美しさだけが印象に残り、球場を後にした。

 

水道橋駅から国鉄(現JR)に乗りアパートのある武蔵野・吉祥寺への家路……ぼくは一杯のビールしか飲んでいないのにひどく酔っていた、おまけに吐き気も……。我慢ならず新宿駅で途中下車、トイレに駆け込んだ。その時には、胃の周辺に鈍痛を感じ始めていた。そして嘔吐……胃液に混じった血……えっナニこれっ!?

 

翌日病院へ……診断結果は、急性胃潰瘍!!

そして、医者はこう言ったのだ。

「おそらくストレスでしょう、胃に穴が三ヵ所……即入院です!」

ええっストレスって……あのストレス?

当時オイラは劇団に所属してはいたが、それ以外には日雇いの仕事をボチボチやっていた程度で……医者のいう、ストレスが溜まる生活なんて一番縁遠い世界のものだった。

「先生、ぼく……死にますか?」

「まぁ、いつかは死ぬでしょうが、この胃潰瘍で死ぬことはないでしょう(笑)。しばらく入院すれば治りますよ!」

ちょうどアクチュール・ランボーや中原中也の詩を愛読していたものだから、どこか夭折!(若くして死ぬこと)することに憧れていたのだろう。しかし死にまへんって……能天気なお間抜け君は、落ち込むというよりちょっとウィッキとした気分になっていた。

「オレなぁ、ストレス溜まってんねん……ストレスがぁ! これってなぁ、今に生きているからこその……証の病気やねんって!」

そして24才の若造、人生初の病院ライフのスタートが切られたのだ。

所は武蔵野吉祥寺M病院、エアコン付きの六人大部屋! 外は猛暑、ああっ涼しいっ快適っ!

六台のベッドが三台ずつ横二列の配列、もちろん全員男性……しかも爺さんばかり!

今思い出すことが出来るのは、純金の指輪をした全身刺青のおそらくヤクザの幸太郎さん、そして吟遊詩人のような髭でゆっくり歩く桜井さん……その二人の爺さんに挟まれる格好で真ん中のベッドが若造に与えられた〈棲家〉となったのだ。

 

爺さんたちと仲良くなるのにほとんど時間はかからなかった。ずっと以前からの知り合いのように爺さんたちは、ぼくを茶飲み友達にし、パシリのように用事を言いつけた。

爺さんたちは医者に隠れて煙草も酒もやっていた。胃潰瘍のぼくですら、その恩恵にありついていたのだ。時にこの爺さんたちが病気であるということすら忘れてしまうくらい、彼らは大らかに伸びやかに病院ライフを過ごしていた。それは、まさに滝田洋二郎監督『病院に行こう』のようだった。

ある日、髭の桜井さんがぼくにこう言った。

「大杉さん、わたしねぇ……この足で銭湯に行きたいんだ。何年も行っていない銭湯でこの髭を剃りたい!」

桜井さんが、こころからそれを望んでいることが痛いほど伝わってきた。早速、病院の許可をもらい、ぼくが付添いとして銭湯に同行することになった。

午後四時、いざ吉祥寺本町・弁天湯へ。

首に手ぬぐいぶらさげて、ぼくたちはゆっくりゆっくり中道通りを親子のように歩く。いつも歩いている道なのになぜか新鮮に思えた。桜井さんは、歩きながら規則正しい掛け声をかけていた。

「イチニ・イチニ……イチニ」……そうですよね、自分のペースで歩けばいいんです。

 

桜井さんは嬉しそうに番台でT字型カミソリを買った。

「桜井さん、手伝うことがあったらなんでも言ってくださいね」

「ああっ大丈夫、自分で髭剃りも出来ますから……」

ぼくにとっても久しぶりの風呂、ゆっくりと湯船に身を沈めた。

「桜井さん、髭剃りましたかぁ」

「伸びていたもんだから結構剃るのも大変だったけど……なんとかねっワッハハ!」

桜井さんは振り向きながらそう答えた。しかし……その顔は鮮血で真っ赤だったのだ!

久しぶりの髭剃り、T字型カミソリであちこち切りまくっていた。タオルも真っ赤に染まっていた。周りの人たちもびっくりしていたが、それでも桜井さんはなんでもなかったように気持ち良さげに笑っていた。

帰り道、ふたりで「イチニ、イチニ」と掛け声をかけながら病院に向かった。

傷だらけの桜井さんだったが、凛々しい男になっていた。消灯時間の時に小さい声で「大杉さん、今日はありがとう」と言った。

それから一週間後、桜井さんは病院で死んだ。

 

「音楽と人」2009年11月号掲載