先月号は、二十代の頃に急性胃潰瘍で初入院したちょっとドラマチックな病院ライフを書かせていただいた。そして……今月はさらにグレードアップした病院物語PART 2を書こうと決めていたのだが……気が変わったので止めた。いずれということだ。
ぼくのマネージャーの渡辺さんが、ある日、ある時、少し微笑みながら……こう言った。
「大杉さん、マルディーニって知ってますか!? イタリアのセリエAのサッカー選手なんですが……パオロ・マルディーニ」
瞬間的にぼくの脳の中でなにかが化学反応を起こした!
「ええっなに?……マル……マルディーニ! もちろん知ってる……と言うかよく知ってる……えっ、なに? マルディーニがどうしたのぉ!?」
「ええっと、スケジュールはかなりタイトなのですが……マルディーニに会いにミラノに行っていただけますか」
「渡辺さん……会いに行くって……ちょっと待って、ぼくがマルディーニに会いにイタリアに行く……つまり、そういうことだよね!?」
「ええ……そういうことです」……渡辺さんは冷静にそう答えた。
イヤぁ喜んでお引き受けする熱い想いはあっても、断る理由などどこにも……あるわけないっしょ!!
ええっと、マルディーニというサッカー選手について知らない方のために、彼がいかに偉大な選手か少し触れておきますね。
パオロ・マルディーニは、イタリア1部リーグセリエA・ACミランの元主将であり、〈ミランの象徴〉とまで呼ばれた背番号NO.3のディフェンダー。
16歳でプロデビューしてから引退までの25年間、ACミラン一筋でプレーをした。41歳で引退! 通算公式試合1000試合、イタリア代表としてもW杯に四回出場している。ポジションはディフェンダー(守備)だが、その果敢な攻撃参加は現代サッカーを変えたといっても過言ではない。現役時代は世界最高峰の左サイドバックと呼ばれ、世界中のプロサッカー選手を目指す若者の手本となったのだ。ちなみに彼のつけていた背番号NO.3は、ACミランの永久欠番となっている。決して大袈裟に書いているわけでもない、本当に凄い選手なのだ。
ぼくは子供の頃、少年野球をやっていたのだが、その憧れは巨人軍の長嶋選手だった! それと同じようにマルディーニは、世界中のサッカーキッズの憧れなのだ!
四泊五日の強行日程、飛行機等の移動時間以外はほとんど撮影となった。
番組全体の簡単な構成はあるのだが、あとは完全なドキュメント(ライヴ)だ。
撮影初日は、ミラノから電車で一時間、ピアチェンツァという町でセリエB(日本でいうJ2)の試合を観戦、地元の歴史ある〈ウルトラス〉というサポーターを取材する。そのサポーター代表のご夫婦にお会いしたのだが、お二人合わせて150歳! かなりのご高齢で驚いた。イヤイヤしかし、ご夫婦のお話を伺うとサッカーが文化であり人生そのものであるということを痛感した。
「私たち夫婦は、この町で生まれ育ちました。ピアチェンツァというチームは100年以上の歴史があります。強いときも弱いときも常に応援しています。勝てば次の試合まで夫婦仲は円満ですが、負ければ沈黙の日々です(笑)」
普通の人たちなのにカッコイイし本物! やはりサッカーは、11人でやるのではないのだ!
撮影二日目。マルディーニの子供の頃のコーチ、プロを夢見るユースチームの子供たち、そして実姉にお会いした。そして、お会いしたみなさん全員がこう言うのだ。
「マルディーニはとても優れたサッカー選手だが、人としてすばらしい!」と。
そして撮影最終日。
いよいよマルディーニと会うことになった。
事前にスタッフがぼくにこう言った。「本来彼は取材やインタビューがとても苦手で出来ればやりたくないそうです。彼自身の表現はピッチ上(グランド)にあるからと……日本からサッカー好きの俳優が来るということで興味を持たれたんでしょう……取りあえずこれから自宅に伺って、後は自然の流れに任せましょう!」
この緊張感! 決して嫌いじゃあない……そして、いよいよ彼の家へ、ピンポーン! なんと最初に撮影隊を出迎えてくれたのは、マルディーニ本人だった。
そして開口一番「日本が大好きです」と言ってくれた。
ぼくもそうだが、彼も緊張していた。なぜだか……ああっこの人は信用できるなと思った。なぜ引退したのか、その真実はどこにあるのか、そして今後はどうするのか、現在のACミランをどう思うか……聞きたいことは山のようにあった。きっと何度も聞かれた質問だったと思う。しかし、そのひとつひとつに彼は自分の言葉で正直に誠実に語ってくれた。
41歳の体力を考えるともう限界だったということ、今の気持ちは、サッカーという巨大ビジネスから少し身を引いた場所にいたいということ、当分は家族との時間を持ちたいということ、ボランティアでミラノの子供たちにサッカーを教えたいと思っていること、そして……ACミランは、ぼくの人生そのものです!と答えてくれた。
そうそう、これだけは聞いておきたいことがあった。
「パオロ……あなたにとってプロとはなんですか?」
「セリエAの試合は日曜にあります。しかし、サッカーは日曜だけではありません。いい日曜にするにはどうするか、それは残りの六日間をどう過ごすかで決まります」
当たり前のようだが、本当に深い言葉だと思う。
25年間もプロとしてやってこられたのは、もちろん彼ひとりの力だけではなく家族やスタッフの支えもあってのことだが、日々繰り返す努力の積み重ねがひとりの天才プレーヤーを生んだのは間違いない。
生きているといろんな出会いがある……まさかマルディーニに会えるとは!!
「音楽と人」2009年12月号掲載