ことば

COLUMN

連載1「武さんの背中」2000年1月16日号

明けましておめでとうございます。今年より連載を書かせていただきます大杉漣です。一年の大半を映像の現場で過ごす自分にとって“映画”を語ることは”現場”を語ることと同じです。そんな“現場の断片”を綴っていければと考えています。お付き合いください。

 

ぼくは北野武監督の背中が好きだ。「ソナチネ」で初めて武さんにお会いしてから今日まで現場ではずっと彼の背中ばかりを見続けている気がする。右肩が下がるその姿は、もちろん画面のなかでもたくさん見ることができる。しかし、映画監督として現場にたたずむ武さんの背中は、孤独や不安、そしてそこから来る”色気”のようなものを感じるのだ。まるでアンバランスな姿勢でしか世の中との折り合いがつかないかのように……彼はそこにたたずんでいる。

つい先日、北野武監督Vol.9「Brother」の撮影に入った。ぼくは武さんと義兄弟のヤクザ役で参加した。「HANA-BI」の撮影から2年6カ月ぶりの北野組の現場だ。その日は一言もセリフがないシーンだった。助監督の清水さんが小さな紙切れを持って来た。

「漣さん、これ喋ってください」

「はい、わかりました」

当たり前のように返事をする。いつもの北野組だ!

あらかじめ用意されたセリフではなくその場で起き上がった言葉が、現場で綴られていく。緊張……これは紛れもなく”北野組の緊張”だ。どんな風にセリフを喋ろうかなんて考えている時間もない。ただ喋る。何度も経験しているにもかかわらず……緊張する。キャメラが回った。正しい演技がどういうものなのか、そんなことはわからない。ただ、その時間のなかで生きていることだけを考える。

振り向くと監督が背中をむけてたたずんでいた。小さい声で「OK」、そう言った。あの背中がそこにあった。