ことば

COLUMN

連載3「いざ新潟・1」2000年1月30日号

 東京駅発新潟行き最終便。間に合うかもしれない!
 その日、調布の撮影所でテレビドラマの収録があった。同じ日、新潟シネ・ウインドで“大杉漣映画祭”のオールナイト企画上映があったのだ。「新潟に行くことは無理だ」とぼくはあきらめていた。ところが、その日のドラマ収録は、実にスムーズに進んだのだ。業界的に言えば“まく”という状態だった。最後のシーンの収録が始まった。その時、共演の松本明子さんと北村総一朗さんが僕にこう言ったのだ。「行ければいいね、がんばりましょう」。新潟へ行きたがっているぼくの気持ちをマネジャーを通して知っていたのだ。そうか、収録は“まいていた”のではなく、“まいてもらっていた”のか!ぼくは突っ立たまま泣き出しそうだった。連日のハードスケジュールで疲れ果てているにもかかわらず、自分たちに関係のない催しに”大杉を行かせよう“という心優しさがたまらなかった。ギリギリ間に合うかもしれない!収録が終わりメークも落とさず車に乗ろうとした時、スタジオの前に共演者やスタッフがいた。その中にドラマを監督した堤幸彦監督もいた。そして照れたように小さく手を振ってくれた……ナイテモカマイマセンカ。
 発車直前、最終便に飛び乗ることが出来た。窓外の風景を見ながら若かった頃の自分を思い出した。どこに行けばいいのか、何をすればいいのか分からなかった。友人もツテもなく北や南に出かけたあの頃、新潟にも行ったことがある。駅前で寝て、パチンコをやって、おまわりさんに職務質問された。<待つこと>も<待たれること>もなかった時代……。脈略のない感傷が走る。
 そして今、ぼくには<送ってくれる人>と<迎えてくれる人>がいる。新潟に着く頃、日付が変わろうとしていた。