ことば

COLUMN

連載30「走る舞台挨拶・2」2000年8月13日号

 サッカー試合中の携帯電話。
 「大杉さん、すぐ来てください」
 マネジャー・高岡の声は冷静だったがあわてていた。試合は1-1のデッドヒート状態。最後のホイッスルが吹かれるまで見届けたかったが、劇場に行かなくてはならない。
 「ぼく、舞台挨拶があるので先に出ます!」
 開演時間まで20分しかなかった。ああ、どうしよう、着替えている時間がない!とりあえずサッカースパイクだけは履き替えて、ユニホームのまま劇場へ行くことにした。
「漣さん、急いだ方がいい。走らないと間に合いませんよ」
「うん、あわわわ・・・・・・」
 ぼくはサッカー場から渋谷の街に向けて走り出した。土曜日だということもあり、渋谷はごった返していた。通り過ぎていく人々の視線は、ぼくに向けられていた。それは、なにか犯罪のにおいのする人間に送る畏怖の視線だった。血走った眼、サラリーマンシューズ、そして汗と泥にまみれたサッカーウエアで疾走する中年男を見れば、「なんだこいつ、ヤバイ!」と思われても仕方ない。
 舞台挨拶の作品は、崔洋一監督「犬、走る/DOG RACE」・・・・・・そう、この映画の中でもぼくは随分走った。マサヤン(岸谷五朗)に追いかけられて、大久保駅から新宿まで飢えた犬のごとく走り抜けた。そして、今のぼくは<渋谷の犬>だ。走れオオスギ!
「ハァハァ・・・・・・すいませんギリギリで。オエッ」
 つんのめるようにシネ・アミューズに転がり込んだ。顔をあげると、崔さんは鬼のような顔で笑っていた。岸谷さんは愛を持ってあきれかえってくれた。大急ぎで着替えて舞台に飛び出すと、客席には映画を応援してくれる多くのサポーターたちの熱烈な出迎えが待っていた。
 挨拶後、サッカーチームの嵐さんから連絡が入った。1-2で負けたそうだ。
「そうでしょ、ぼくが抜けたんだから」・・・・・・渋谷の犬が吠えた。