ことば

COLUMN

連載32「ぼくは見た!」2000年9月3日号

「ぼくです、渡です。ええっとね、今度9月にライブをやるんですが、ゲストで大杉さんに来ていただけないかと思って。どうでしょう?」
「えっ!ゲストってその……何をすればいいんですか」
「いえ、唄を一曲歌っていただきたいなぁと思って」
「いや、ぼくは素人だし。そんな人前で唄なんて」
「以前、テレビで歌ってたでしょ、ぼくは見た!」
「ぼくは見たって……渡さん、あなたは家政婦じゃないんだから」
 ディープなジョークにまったく反応がない。確証を手にした警察官のように渡さんはこう言いきった。
「じゃ、そういうことで」
 えっ、そういうことでってどういうことなんだ!
 高田渡さんの唄を初めて聴いてから30年がたった。当時、歌謡曲しか聴いていなかった高校生のぼくにとって、高田さんや加川良さんの唄は未知との出合いだった。<音楽が人生を変える>といったら極端だろうか。
「母さん、ギター買うて。なぁ、今日からなんでも言うこときくけん、ギター買うて!」
「ギター買うてなにするんや」
「関西フォークや!高田さんや岡林さんや加川さんの」
「誰やそれ、どこの人」
 お父さんに内証と言いつつ母はギターを買ってくれた。白のTシャツにジーパン、そして手にはギター。完璧だった……格好だけは。
 後に判明するのだが、ぼくのギターは、アコースティックギターではなく、まぎれもないクラシックギターだった。おれは演歌歌手か!
 18歳で上京して吉祥寺のアパート暮らし。街をうろつくことでしか過ごす方法を知らなかった時代だった。ぼくにとって音楽は聴くものであり<やる>ものではなかった。
 そんな時間の中で、高田さんや加川さんを吉祥寺でお見かけすることもあった。しかし憧れの存在に声をかける勇気はなかった。
 そして今、「高田渡の世界」のチラシが届いた。そこにはゲストとして中山ラビさんとぼくの名前が、しっかり刷り込まれている。うろたえる48回目の夏だ。