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連載47「変態家族・兄貴の嫁さん」2000年12月17日号

 「なんだこのタイトルは!」とお思いの方もいるだろう。「ハハァ、あの映画でしょ」と思われた方は、かなりの日本映画通に違いない。近くのレンタルビデオ屋さんでは、ポルノコーナーではなく、日本映画の<CULTコーナー>にひっそりと置かれている。
 手元に18年前に撮影した「お嫁さん日和」という台本がある。撮影・長田勇一、照明・長田達也、美術・種田陽平、音楽・周防義和。現在、日本映画界最前線のスタッフの名前がそこにある。そして監督は、あの「Shall we ダンス?」の周防正行。
 「漣さんに64歳のおじいさんの役をやってもらいたいんですけど」「監督、確かにぼくは実年齢より老け顔ですけど、そこまでは無理だと思います」「いやぁ、ぼくの知る限り漣さんしかいないから。漣さんが、ぼくの中では笠智衆さんなんです」
 当時30歳そこそこの僕に、監督はそう言った。敬愛する笠さん役をぼくが演じる・・・・・・嗚呼。
 高橋伴明監督の助監督をしていた周防さんの監督デビュー作だから参加させていただきたいとは思っていたが、まさか64歳の役をやるとは。まして、ぼくより実際は年上の下元史朗さんが息子役だというではないか。
 「大丈夫、これでいいんです」、リアリズムどこ吹く風と、周防さんは言い切った。撮影日数5日!低予算だったので睡眠時間を削る状態が続いたが、誰ひとり不満を口にする者はいなかった。全員が<周防デビュー作品>に集中していたし、それだけの魅力を監督に感じていた。まさに一球入魂よろしく「ワンカット入魂」の現場だった。
 ぼくの台本にはこう走り書きされている。“淡々と喋る。目つきはやさしく。姿勢は猫背”おそらく監督から要求された役作りの内容だと思う。それに応えられたかどうかはわからないが、無謀で無邪気で無防備で無垢な現場だったのは確かだ。
 「お嫁さん日和」は、公開時「変態家族・兄貴の嫁さん」とタイトル変更されていた。
 後に周防監督は、この映画を「小津安二郎監督へのオマージュもしくは模倣。『続・晩春』のつもりで撮った」と語っている。ハマってもぼくは知りません……。